すぺーす・うぉーず(偽)



 二十三世紀、初冬――
 銀河大戦にて勝利を収めた地球軍は、異星人の残党狩りに奔走していた。

 大戦では切り込み隊長として鳴らした女艦長ジルのA級戦艦、『スレイヤー』も今は退屈な残党狩りに精を出していた。

 ブー ブー
 チカチカとブリッジに赤い警報が鳴った。
「敵艦を発見しました!」
 ルルーアンタが緊張した声で報告する。

 ジルは艦長席にふんぞり返り、足を机に乗せながら適当な返事を返した。
「で? 相手の船は?」
――あ、『トリックスター』です!」
「なんですって」
 ジルの整った顔が引き締まり、すぐさま指示を飛ばし始める。

「トリックスター……因縁の対決ですね」
「艦長、大戦の頃から躍起になってあの船追いかけてましたもの」
「そこ、職務に戻れ!」
 ジルは苛々と叫んで、目をギラつかせた。
「畜生、トリックスターめ……今度は逃がさないわよ。撃墜しろ!」
 もはや身を乗り出して、今にも計器類を蹴りつけそうな勢いの艦長。

「りょ、了解、砲門開きます――エネルギー出力、八十%」
「ぬるい! 百%で行け! 塵も残すな!」
 鬼だ。アンタは鬼だ。
 ブリッジのクルーがいっせいに青ざめた。
「で、でも艦長、エンジンが――
「いいからやれ!」
「は、はい! 砲撃準備完了」
「撃てー!!」
「了解!」

 幾重にも重なった光の筋が、宇宙空間にほとばしる。だが敵艦トリックスターは宙返りし、不規則に低エネルギーワープを繰り返し、果てはダンスまで踊る余裕っぷり。こちらの攻撃は一筋も当たらない。

――あ、敵艦の砲門開きます。攻撃されます!」
「総員、ショック防御!」
 ずぅぅん
 船が大きく揺れる。

 ジルは椅子にしがみついて歯軋りしながら立ち上がった。
「損害を報告!」
「あ、後部甲板損傷。居住区に被害が出ました」
「人的被害は!」
「今、報告を――来ました。負傷者数名、死者はゼロです」
「修理は?」
「不能です。整備班が酒呑んで寝てます」
「……ええい、あの酒呑みドワーフめ、懲罰委員会にかけてやる」
「あ、敵艦から通信です。受諾しますか?」
「その隙に撃ちなさい!」

 その時、戦況を報告していたメインスクリーンにノイズが走った。
「……何事?」
「は、ハッキングされています」
「なんですって? 異星人ごときが、この『スレイヤー』のマザーにハッキング!?」
 その瞬間、スクリーンに何かの映像が走った。
 ジル艦長のぬいぐるみを抱きしめたシャリである。
 艦長、顔真っ赤。

『はろー。元気してた? ジル』
「あんたの顔見るまでは元気だったわよ」
 ジルは苦虫を百匹いっぺんに噛み潰したような顔で、スクリーンの顔を睨みつけた。

「死ね! ことごとく死ね!」
『やだなぁ。死にかけてるのはジルじゃないか』
「は? どういう――
 ずどーん
 ジルは突然襲った縦揺れに戦き、倒れて頭を打ちつけた。

「は、背後に突如敵艦出現! トリックスターの母艦と思われます!」
 ジルはよろよろ立ち上がると、アラートが鳴り響く中、叫んだ。
「状況の報告を!」
「被弾、被弾しました。後部甲板、全壊しました。十五番〜四十番まで砲門が損壊、攻撃力は絶望的です!」
「くっ、出力をシールドにまわして、残りでワープするっ!」
「む、無理です艦長! メインエンジンが損傷しました。サブエンジンも五十%が使用不能です!」
「くそっ!」

 艦長は地団太を踏みそうな勢いで、机に拳を叩きつけた。
『アハハ。どうする? 降伏する?』
 彼女はじっくり十秒ほど黙考した後、重々しく答えた。

「……人命には変えられない。だが、私以外のクルーは助けて欲しい」
「艦長……」
 次々と感動の声が上がる。
 乱暴者で切れ易い艦長だが、性格だけはどこまでも真っ直ぐだった。

『いいよ〜ん。じゃ、これから乗り込んじゃうね』

◆◆◆◆◆

 拘束されたまま、シャリの前に引き出された艦長。
 彼女は膝をついて俯いたきり、唇を噛んで一言も話そうとはしなかった。
「……くっ、殺せ」
 シャリが何も言わずに眺めているのを感じると、ジルは一言だけそう言って顔を背けた。

「君は殺さないよ」
 シャリが微笑んだ。
 意味ありげにジルの顔を見た後、手を差し出す。
 小さな口から爆弾発言が飛び出した。
「ジルは、お嫁に来てね」

 一瞬、何を言われたのか分からず、ジルはぽかんとする。

 ……お嫁。結婚。夫婦!?
「はぁっ!?」
 ジルは叫んで、仰け反った勢いで壁に頭をぶつけた。
 シャリはそんなジルを見ながら、くすっと笑う
「もう逃がさない」
 この日から、ジルにとっての受難の日々が始まるのだった。


暫定ハッピーエンド



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