「や、やめなさい。いくら悪人だからって無闇に殺せばいいってもんじゃないわ!」
飾り立てられたロセン王宮の一室。ラシェルは鎌を振りかぶるカルラを必死に止めようとしていた。
背にかばっているのは、悪名高いロセン王ペウダである。
カルラと二人でさらわれた村娘を救出するため潜り込んだはいいが、カルラはペウダに止めを刺そうとしたのだ。見過ごせないラシェルがペウダをかばい、今のような状況になっている。
カルラは仏頂面でラシェルをにらんだ。
「なーに甘っちょろい事言ってんの! その男を殺さなきゃ、いつまでもこんな事が続くんだから、どきなさい」
わーわー、きゃーきゃーと口論になっている間に、密かに走り出したペウダが一本の紐を引いた。
――瞬間、地面の感覚が失せる。
気がつくとラシェルは、檻の中へと落ちていた。
「そのうち助けが来るって」
カルラが床に胡坐を掻いてのんびりしながら言った。
ちなみにその脇には、妙に大きいモンスターの残骸が転がっている。ペウダのけしかけた始末用のモンスターだった。
「そ、そうでしょうか……」
不安そうに助けた村娘が言うが、カルラは気負うでもなく笑うのみ。
一方ラシェルはと言えば、ため息をついて手のひらを額にあて、壁に背を預けていた。
「来るといいんだけどね……」
「一緒に来たお仲間がいるでしょ?」
カルラはそれをアテにしているらしい。なんとも楽天的な少女である。
ラシェルはしかし、首を振った。
「あのユーリスが、金にもならない私を助けに来るとは思えないわ」
「……お金、持ってないの?」
「ちょうどユーリスに預けてたから。今頃私のお墓でも作ってる頃じゃないかしら」
ラシェルは透徹した眼差しで、滔々と語った。もはや瞳に諦念が滲んでいる。
「えっ、助けが来ないってことは、私たちどうなっちゃうんですか!?」
娘さんが目に涙を浮かべて詰め寄った。
カルラはまぁまぁとそれを押し止め、快活に笑う。
「大丈夫大丈夫。何とかなるって」
それを信じるしかない。
そう分かっていたので、ラシェルは何も言わずにため息をついて背を向けた。
◆◆◆
放置一週間経過
◆◆◆
「うぅ、お腹すいて死にそうです……」
村娘はしくしくと泣き出した。
「……」
カルラは白目を剥いている。
すでに閉じ込められてから、一週間もの時間が経とうとしていた。恐らくペウダは、もうラシェルたちが死んだと思って疑っていないのだろう。
水は滴り落ちてくる水滴を集めてなんとかまかなってはいたが、それも人数が人数なので限界ぎりぎりである。
ラシェルは冒険者暮らしでこういったことにも慣れているが、一般人の村娘などたまったものではないだろう。
ラシェルは小さく息を吐くと、牢獄の隅を調べた。小さいが、幾つかキノコが生えている。ただラシェルも見たことのない種類で食べられるかどうかは不明だったため、今まで黙っていたのだが……
「カルラ、このキノコ食べれるんじゃない?」
ラシェルはにこにこしながら振り返り、カルラを呼ぶ。毒味させようと言う腹だった。
それまでまるで人形のようにぴくりとも動かなかったカルラの目に光が――それも爛々とした光が――宿り、まるで動物のようび手をつきながらバタバタと近寄って来る。そしてキノコの匂いを嗅ぐと、一口にパクッと食べてしまった。
「あっ……」
村娘の腹がぐーっとなる。切なげな横顔を見てラシェルは隣に行くと、ぽんと背中を叩いた。
「ちょっと待ってね。今あのキノコが食えるかどうかチェックしてるから」
「ち、チェックって……それ毒味……」
ラシェルは無言の視線で村娘に訴えかけた。
しかし村娘はラシェルの視線をどう取ったのか、引きつった悲鳴を上げるなり隅へと逃げてしまう。
ラシェルは肩をすくめた。
一方カルラはと言えば、狂ったようにキノコを咀嚼している。十分、二十分経過しても特に問題なくキノコをがっついている。
ラシェルは小さなキノコを採ろうとしたカルラの腕を引っ張った。
「ああもう、お願いだから誰か早く助けに来てー!!!」
ラシェルはカルラの逝っちゃった目を目の当たりにするなり、叫んだ。
◆◆◆
一方その頃。
シャリはアトレイアの部屋でぽつねんと一人待っていた。
「……あの、シャリ様?」
「……ん?」
アトレイアにおずおずと呼ばれ、振り向くシャリ。
「その冒険者の方と言うのは、一体いつ来てくださるのでしょう?」
「……、……、さぁね……」
シャリは目を逸らして脂汗をだらだらかきながら答えた。
ラシェル……! 一体どうして来ないのさ……!
◆◆◆
一年経過
◆◆◆
なんで自分がこんな目に会わなければならないのだろう。
ラシェルは鬱々と考えた。ああ、こんな所で朽ちて行くなんて青春の無駄遣いもいいところだ。
ちらりと横を見ると、カルラがげっそりとした顔で何事かをぶつぶつとつぶやいていた。
何気なく耳を寄せる。
「明日には助け、明日には助け……」
壊れたらしい。ラシェルは首を振って、少しでも体力を温存するため横たわった。
あー、今頃世界はどうなってるんだろ?
色々考えているうちに、涙がこみ上げた。
もう誰でもいいから……! 悪の手先になったって構わない、誰か助けてー!!!
◆◆◆
浮上させたラドラスにて、シャリは竜王と共に待ちぼうけていた。
二人の間には、何とも言えない沈黙が横たわっている。
『無限のソウルは……いずこへ?』
「さぁ……」
ぼんやりと答えるシャリ。
色々と張り合いがなくて困っている。
『行方不明だと聞いたが……』
「さぁ……」
こちらが聞きたい。
◆◆◆
二年経過
◆◆◆
もはやここでの生活に体が適応してしまっている。ラシェルは何とかして脱出方法を模索していたが、檻はさすがに頑丈で剣では切れなかった。
ましてユーリスらがいまさら(金目当て以外に)助けに来るなど考えられない。
万策尽きたとはこの事か。
もうこうなったら、運を天に任せて誰かが見に来てくれるのを待つしかない……
考えつつふと横を見ると、カルラが寝転がってどんよりした空気をまといながら、何事かつぶやいている。
「ににんがし、にさんがろく、にごじゅう、にしがはち……」
さらに壊れているような。
ちなみに脇を見ると、村娘はぼーっとカルラの方を眺めていた。焦点が合っていない。
……そう言えば、カルラ無しでどうやって歴史は進んでいるのだろうか? カルラがいなければロセンもリベルダムも落ちないだろうし……
ラシェルは頭痛を感じた。よくよく考えて見れば、ロセンさえディンガルに占領されればここにだって調査の手が入るかも知れないのだ。ああ、カルラさえ外にいれば……
しかし今更嘆いたところでどうにもならない(と言うか何でこんなこと知ってるんだろう?)。
……助けが来るのを、待つしか……
助けてーーーー!!!!!
必死の叫びを聞くものは、いない。
◆◆◆
一方その頃、シャリは次元のはざまでネメアを拘束しつつ、ラシェルがやって来るのをずっと待っていた。闇の神器を持って来てもらわねば困るのだ。
「……もしかして僕、これから自分で駆けずり回って集めなきゃいけない?」
絶望だ。
シャリはぐったりした顔で考えた。すでに目は死んでいる(いつものことと言ってはいけない)。
◆◆◆
そして閉じ込められてから三年が経った。
◆◆◆
「ぅうぅぅう」
ぐったりして呻くだけのラシェル。
「アハハハ、アハハハ」
ひたすら笑い声を上げるカルラ。
「ににんがし、しさんがろく……」
第二のカルラと化していく村娘。
三者三様の有様だが、間違っても子どもに見せてはいけない光景である。
とそこへ、黒い影が現れ、彼女らに近づいた。
ガバッと身を起こし、目を爛々と輝かせるラシェルたち。
「……何してんのここで」
呆れたように言ったのは、全身黒ずくめの少年――シャリだった。
ラシェルたちは顔を見合わせる。
そして真っ先に飛び出そうとしたカルラを制し、ラシェルは身を乗り出した。
もう何でもいから助けて欲しい、と焦る気持ちを抑えて説明する。
「捕まったのよ、シャリ。三年前ロセンのペウダからそこの娘さんを助けようと乗り込んだはいいけど、ここにずーっと閉じ込められて」
「あああああ、シャリ様神様女神様……」
カルラはシャリを崇め奉り、村娘もそれに習った。
「シャリ様神様女神様……」
シャリはちょっとものすごい有様にドン引きした。顔が引きつり、腰が引けている。それでもゴクリと唾を飲み、気丈にも笑顔を浮かべた(引きつってるけど)。
「じ、実はさ、今最終決戦やってるんだけど、どうもラシェルがいないと締まらなくってさ。ちょっと出てもらえないかな?」
そう言って、ニコッと笑う。
もはや断られることを予想していない、完全無欠な微笑みだった。
ラシェルはぷるぷると震え拳を握り、俯く。今まで溜まりに溜まっていたストレスが、限界値を軽く超えようとしていた。
「………………ふ………………」
「ふ?」
なおもニコニコと、シャリ。
ラシェルはすさまじい顔で怒鳴りつけた。
「ふぅざけええええんんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
シャリが呆然と立ちすくむ。
「アンタ今更やって来て何よ!! 私がいなくて締まらないってんならもっと早く助けに来なさいよねこのスットコドッコイ! つかよくアンタ私抜きでラスボス戦までこぎつけたわね私がいないと神器一つ集められないヘタレのくせに! そもそもこんな低レベルでラスボス戦やったって勝てるわけないでしょうがちょっとは考えなさいよねこのチビガキが!!」
ラシェルは座り切った目で、呆気に取られて青くなっているシャリを鉄格子から手をのばして引きずり寄せ、地獄の官吏もかくやな視線でシャリをガンつけた。
「責任取んなさいよ、あ!?」
「ヒィ」
シャリは恐怖のあまり悲鳴を上げ咄嗟に転移魔法を使った。しかしそれは何故かシャリ本人ではなく、ラシェルたちに効力を発揮し――
「あ」
気がついた時、牢獄に残っているのはシャリただ一人だった。
◆◆◆
一方その頃
◆◆◆
ラスボス戦の壮大なメインテーマが流れる中、カルラとラシェルと村娘は白け切った顔でそこに立っていた。
現在、ネメアが一人でティアナに挑戦している。しかしネメアの武器は闇属性であり、いくら、
「えいっえいっ」
等とかわいい声を上げつつ突付いた所であまり効果はない。その上ティアナもフゴー夫人の霊が乗り移ったかのごとく意味のない「オホホ、オーホッホ」高笑いを上げるばかりで、まったく勝負になっていなかった。
ひたすら突付くネメア。
ひたすら笑うティアナ。
ど う し て く れ よ う こ の 二 人
「ね、ねぇ! 手伝わなくていいの!? 主人公としてそれでいいの!?」
振り向くと、いつの間にやら現れたシャリが必死に訴えていた。
「あー」
「うー」
生返事を返すラシェルとカルラ。
その時、健気に頑張っていたネメアがついにパッタリと倒れた。
「ネメア!」
もはや心配しているのはシャリ一人である。
ラシェルはカルラと顔を見合わせた。
「どうする?」
とカルラ。
「どうするもこうするも、一応エンディングに行っとくべきじゃない?」
「でもティアナまだ生きてるよ」
「あー……」
ラシェルはぽりぽりと頭を掻き、まだ高笑いを続けているティアナをちらりと見た。そしておもむろに、落ちていた拳大の石を拾い上げると何気なくティアナに向かって投げつけた。
ゴツッ
バタッ
ちゃららーららー♪
ティアナが倒れると共に、何故か流れるエンディングテーマ。
「あ……アハハ……」
シャリが乾いた笑い声を漏らす中、ラシェルとカルラは再び顔を見合わせた。とても面倒くさそうに。
「で、これ何EDに該当すんの?」
どうでも良さそうに、カルラが聞いた。
「さぁ……ティアナ石倒れエンディング?」
さらにどうでも良さそうに答えるラシェル。
「……安直すぎるよ、それ」
主人公のテンションがやたら低いうちに、画面が暗転する。
「ちょっと、こんなエンディングってあんまりなんだけど……!! あああ無理やりシャリEDを迎えさせると言う僕の、僕の計画がーーー!!!」
めでたし、めでたし(?)。
end