『第一回 クッキーコンテスト』
『クッキーと言えばお菓子の基本と言っても過言ではなく、また保存食としても優秀な栄養を備えています。今回はこのロストールを復興させるためにも、新しいクッキーとは何か、より優秀なクッキーとは何かをテーマとして、皆様よりご意見を伺いたいと思います。つきましては、』
早い話、十月十六日にクッキーの品評会を行うらしい。代表者名はアトレイアになっている。
リヒトは無表情にそれを眺めて、べりっと張り紙を破った。
一陣の風が駆け抜ける。彼女の手には、純白のエプロンが握られていた。
/*■*■*■*■*/
「お集まりの皆様、ようこそいらっしゃいました!! ご謹聴ください、ハレルヤ!」
妙によく響く声が、抜けるような青空にこだまする。
「それではこれより第一回、ロストールクッキーコンテストを開催します!」
緑色のマスクを被った司会者はそう言うと、白い歯を見せて笑った。
/*■*■*■*■*/
ロストールの広場に、猛烈な勢いの拍手が上がった。
妙に盛大なのは、選手の大方が妙齢の女性であることと無関係ではあるまい。
「ではまず、参加者の紹介から参りましょう! まずは私、司会者のマスク・アトレイアです!」
アトレイアだったんかい。
方々から無言のツッコミが入る中、彼女(?)は健気に叫んだ。
「ではエントリーナンバー一番、我らのアイドルリヒトさんです! どうぞ!」
妙に熱いノリを振りまいている会場の隅で、リヒトは胸を張って仁王立ちしていた。
衆目が集まる。リヒトはえっ私? という目で周りを見た後、顔を赤く染めて咳払いした。
とことこと前に進み出る。
「……リヒトだ。今日のために父のツテで最高級の小麦粉を購入した」
彼女はきびきびとそう告げた後、まだ何か言わなくちゃいけないの? という目で周りを見る。
気まずい沈黙が返って来たため、おずおずと付け足した。
「……よろしく」
「え、えー。リヒトさんでした! ではエントリーナンバー二番、事情により名は明かせないさんです。どうぞ!」
リヒトの隣に立っていた栗色の髪、青い鎧の少女は不機嫌そうに眉をしかめて、いかにもぴりぴりしたムードをまとったまま、前に進み出た。
ちょっと腰を引くマスク・アトレイア。
「……えーと、リヒトに引っ張られて来ちゃっただけなんでよろしく」
思いっきり仏頂面でそう言った彼女は、会場を一通り睨めつけた後、リヒトと目線を合わせた。
なぜか親指を立てて見せる、リヒト。青い鎧の少女の顔が、引きつる。
「えーありがとうございました!! さて、次の方……」
一通り紹介が終わると、アトレイアは手元のアンチョコを見ながら微笑んだ。
「では特別審査員の、シャリさんです!」
わーぱちぱちぱち。
まばらな拍手が上がる中、登場したのはなんとシャリだった。
/*■*■*■*■*/
彼がいつもの怪しげな微笑みを浮かべながら登場したとたん、リヒトは青くなって倒れた。
彼女にとって彼がここに来ることは、完全に予想外であった。もしもバレたら……生きていけない。
「あ、リヒト選手どうしましたか!?」
アトレイアが身を乗り出し、ナゼか興奮した様子で実況解説しようとする中、リヒトはふらつきながら立ち上がった。
高い声を無理やり低くして、言う。
「何でシャリがここにいる……」
と無言の威圧感を見せるのだが、容姿が子どもっぽいために皆が微笑ましく見ている。
リヒトはそれに気づくと機嫌を悪くして、そっぽを向いた。
一方シャリはアトレイアの前に進み出ると(というかアトレイアはそれでいいのか)、帽子を取って華麗にお辞儀した。
「やぁ、みなさんこんばんは。まずは自己紹介かな。僕の名前はシャリ。人は東方の博士、なんて呼んでくれたりもするんだ」
こまっしゃくれた様子でそう言って、シャリはにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。
「今日は美味しそうな匂いに誘われてやってきたよ。せいぜい、毒以上のものを作ってよね皆。アハハ!」
シャリは言いたいことだけ言って、椅子に座った。
「それでは、選手の皆さん、作業に取りかかってください!」
/*■*■*■*■*/
ステージの一角にしつらえられた簡易キッチン。
リヒトはわずかに顔を赤くしていそいそと小さな袋に頬擦りした後、バターを掴んだ。
リヒトは真剣な表情でバターの入った器をかき混ぜる。かなりぎこちない手つきなのがご愛嬌だが、彼女の黒い瞳は決して揺らぐことがない。
と、それを見つけたカルラが、自分のキッチンを離れてこそこそとリヒトに近づいた。
リヒトは作業に夢中で気づかない。
青い死神は何をトチ狂ったのかリヒトの背後から飛び掛ると、首に腕をまわしてぐいぐい締め上げ始めた。
「おーっとこれは、選手間の妨害発生か!?」
「……何?」
酸欠ぎりぎりの真っ青な表情でリヒトが聞くと、カルラは怖い顔で迫った。
「一位の商品聞いた? あたしは聞いたわ。竜殺しの鎌よ」
「だから何だというのだ。私には関係ない」
リヒトが腕を振りほどこうとすると、カルラはミキサーの先についたメレンゲを突きつけてきた。
「……ところがあたしは、どうしても欲しいのよねぇ。ね、お願い、協力して、リヒトちゃ〜ん」
「クッキーの作り方を今から教えるのか? 素人にできるほど、……」
カルラは顔をしかめた。
「バカね。今から習ったって遅いに決まってるでしょ?」
「……別にそれは構わないが、どうしろと」
リヒトが嫌そうに顔をしかめたその時、カルラはとんでもないことを耳打ちした。
「だ・か・ら! 他の連中を妨害するのよ! そんであんたかあたしが一位になったら万々歳じゃない。うんうん、あたしってば頭いい」
リヒトはそれを聞くやいなや、器を危うく放り投げそうになった。
「一体何を……」
「二人で面白そうな話をしてるね」
二人の間に割って入ったのは、シャリだった。
リヒトは再び器を取り落としそうになり、あわてて抱きしめる。
唐突な登場に首をひねりながら、カルラが尋ねた。
「あ、出たわね。何の用? 別に不正なんてしてないったらしてないんだけど〜?」
シャリは肩をすくめて、全て分かっているとでも言いたげな視線を二人に送った。
「ま、いいよ。君達がしらばっくれるなら、僕が勝手に頑張るから」
彼は怪しげな笑みを残して、後は興味が失せたとでも言いたげに去って行った。
バレなかった。
赤くなった顔を押さえて、ほっとため息を吐くリヒト。
/*■*■*■*■*/
卵をかき混ぜるのに集中していたデルガドは、足元に何かが駆け抜けたのを見て仰天した。
「うおっ。なんじゃ!」
慌てて腰を低くし、床から覗きこむと、茶色くて小さくて素早い動きの……ネズミが駆けていた。
相手がたかがネズミと知ったデルガドは安心して顔を上げる。卵の入った器を手にしようとした彼は、目を見開いた。
「なんじゃ、こりゃあ!」
卵だったはずの中身が、グロテスクな紫色の『何か』に変化している。……少しもぞもぞと動いている辺りがデルガドの視神経を焼ききった。
倒れるデルガド。
「おおーっと、クッキーコンテストで脱落者が!? なんという激しい戦いが繰り広げられているのでしょう!」
アトレイアがテンションMAX気味に叫ぶ。
倒れたデルガドは、青い顔で地面を這いずってアトレイアのドレスの裾を掴んだ。
「わ、わしの材料に細工が! それに何かネズミのようなものが這って……」
アトレイアはちょっと戸惑ったようにしてから辺りを振り向き、走り寄ってきた兵士に何事か耳打ちした。面倒くさそうな顔で走り出す兵士。
戻ってきた兵士から報告を聞いたアトレイアは、髪をかきあげて腕組みした。
「おおっと、緊急事態です。どうやらルールを逸脱した参加者がいる模様です。このコンテスト会場付近では、徹底的なネズミ・害虫の駆除が行われ、今やゴキちゃん一匹いない状態とのこと! ここでネズミが発生するというのは、明らかに何者かの妨害です。そしてデルガドさんがネズミを目撃した瞬間、調理場にいたのは選手陣のみです」
つまり誰かの選手内に妨害の犯人がいると、こういう訳である。
参加者たちはお互いを疑いの眼差しで見た。
/*■*■*■*■*/
「どういうことだ、カルラ」
リヒトは蔑むような目でカルラの調理場に歩み寄ると、鋭く聞いた。
成り行きをぽかんと見守っていたカルラが、慌てて首を振る。
「違うって。いくらなんでも、そこまで趣味の悪い事はしないわよ」
「じゃあ、誰がやったと――」
その時、特別審査員席のシャリが立ち上がって、無邪気な瞳で手を上げた。
「はーい、僕、カルラとリヒトがデルガドのキッチンに近づいて行くの見たよ」
駆け抜ける沈黙。
カルラは驚きのあまり目をまん丸にし、リヒトはショックで気を失いかけていた。
「おおっと、一体どういうことなのか!? 新展開ですね!」
嫌そうな顔をした兵士が駆け寄ってくる。
/*■*■*■*■*/
リヒトとカルラは十分ほど必死で抗弁して、なんとか自分達でないことを理解してもらおうとした。だが結局は証拠がないため、潔白の証明ができない。
見かねたアトレイアが言った。
「ふむ……これは意外な展開ですが、リヒトさんとカトラさんのクッキーを味わえないのは、審査員としても大きな損失です」
そこで一般審査員席からブーイングが上がりかけたが、アトレイアの怨念こもった視線を受けると即座に沈黙する。
「ということで、とりあえず様子を見ましょうか。もし今後二回以上の妨害工作が認められた場合、リヒトさんとカトラさんは失格ということで……」
リヒトとカルラは(抗議するとブーイングで退場になりそうだったので)納得するより他なかった。
/*■*■*■*■*/
「とりあえず……犯人はシャリでしょうね」
ここまで追い詰められた状況にも関わらず冷静な目で、カルラが言った。どこまでも男前な少女である。
リヒトは視線を外して「それはどうだろう」とつぶやく。
「だってそうに決まってるでしょ? アイツ以外の誰がやるってのよ」
カルラが特別審査員席で頬杖をついてニコニコとこちらを観察しているシャリに視線を投げると、彼はひらひらと手を振って寄越した。
地団太を踏みそうになるカルラ。
隣で見ていたリヒトはさも痛そうに頭を押さえた後、口を開いた。
「まだ決まった訳じゃない」
「そんなこと言ってる間に――」
『あ』
/*■*■*■*■*/
この日のためにわざわざウルカーンから駆けつけたフレアは、ほんの少しだけ微笑んだ。白い頬が薄っすら赤く染まる。
オーブンから取り出した特製のメレンゲクッキーは、こんがり焼けてとても美味しそうだった。
「これなら、リヒト様も……」
ぼんやりした瞳を少し潤ませて、リヒトの方を見やる。
その瞬間、脇を黒い影が駆け抜けてた。
視界の隅にちらりと映ったそれに、えっと声を上げて振り返るフレア。
……メレンゲクッキーが全て地面に散らばっている。
「きゃーーー!!!」
「何とフレアさん、卒倒しました! 救護班、至急向かってください……至急です!」
/*■*■*■*■*/
リヒトとカルラはそんな様子を見ながら、顔を引きつらせていた。
「……っ、この展開は……」
「ヤバイっつーの。確実に」
「リヒトさん、カルラさん――後一回妨害が行われた場合、失格となります。ご留意ください」
さすがにアトレイアの声も冷たい。観客からの(特にフレア命という旗を掲げた男性陣からの)冷たい視線を受けたリヒトたちは冷や汗を掻いた。
しばし二人で見つめ合った後、ほぼ同時に頷く。
「シャリの横暴を止めるわよ」
「シャリがやったかどうかはともかく――」
ここでリヒトはシャリの方を見た。悠然と紅茶を飲みながら手を振ってくる。
頭痛がした。
「――と、ともかく、今止めないとせっかく取り寄せた小麦粉が無駄になってしまう」
カルラが鬼のような顔で賞品の鎌を睨みながら頷いた。
/*■*■*■*■*/
シャリに引き摺られて無理やり参加させられたエルファスは、今のところ女性客の受けがいい。髪がなびくたびにきゃーきゃー言われている。
彼は手袋ごしに天板を握りながら、眉間に皺を寄せていた。
「全く、どうして僕がこんな……」
その瞬間、一陣の風が吹いた。
めくれ上がる服の裾。
黄色い悲鳴が上がる。
エルファスが怒声を上げて振り向いたその時、せっかく作ったはずのラング・ド・シャ――非常にバターを多く使ったクッキーで、さっくりしているものの栄養価に難がある――が消えている。
見ると、今まさに一人でにひっくり返ろうとしているところだった。
/*■*■*■*■*/
「ちょーっと待った!」
カルラは大きな声で叫んで、跳躍した。リヒトが後に続く。
彼女達はそれぞれの武器で(リヒトは麺棒で)ひっくり返ろうとする天板を支えた。息がぴったり合っている。
「なんと、カルラさんとリヒトさんが妨害工作を阻止しました! これは一体、どういうことでしょう……」
カルラはここぞとばかりに叫んだ。
「皆さん、待って! これは全て――シャリの策略なのよ!」
「ふふふ……うふふあはは!」
その瞬間、晴れ渡っていたはずの空がどんよりと曇った。
黒髪の少年が何もないはずの空中に浮いて、おどけた様子で一礼する。
「何を隠そう、邪魔をしてたのは僕って訳さ。全く、みんな愚かだよね。完全にそこの二人が犯人だと思いこんで、思い出してもおかしくなるよ」
シャリは身を乗り出して、いかにも道化師のようにそう言うと、わずかな微笑みを浮かべた。
「まぁ最初は、クッキーに毒でも入れようかなと思ってたんだけどね。バレた以上、ここにいる皆には死んでもらおうかなぁ」
「何がしたいんだ」
リヒトは少し傷ついたような顔で聞いた。
道化師はそんなことも分からないのかと言いたげな表情で笑う。
「もちろん、このコンテストをメチャクチャにしに来たのさ。ロストールの復興? あれだけ馬鹿やった国、とっとと滅びた方がいいよ。そうだろ?」
「そんなこと、させないわ!」
カルラがどこからか鎌を取り出して、構える。その瞳はすでに真剣な戦士のそれだ。
そんなカルラを見て、シャリは嘲笑った。
「おかしいね! 君はそうやっていかにも正義のように言うけれど、そういう君の動機だって結局は物欲じゃないか。よく恥ずかしげもなく、武器を構えられるもんだね?」
「そんなことないけど……」
カルラは少し罰が悪そうに視線をさ迷わせる。
「ほら。お集まりの皆さん、聞いた? この女、こんなに偉そうなこと言ってるくせに、大事なところでこのザマさ!」
気まずい沈黙がたちこめ、シャリの瞳がますます輝いた。
とその時、リヒトが大きく深呼吸した後、きっとした目で前に進み出た。
道化師が次の挑戦者を迎えて、嬉しそうに目を細める。
「今度は勇者様かぁ。偽りの勇者様だけどね」
「私は、勇者などになった覚えがない。ただせっかくのコンテストを邪魔されたくないだけだ」
出場者一同が一斉に頷く。
シャリは少しもたじろがずに、「へぇ」と悪意のこもった声を出した。
「じゃあ、僕を止めてみる? どうやって?」
「……シャリ」
リヒトはそう呼ぶと、少しだけ切なそうに眉をひそめた。それから首を振って、全てを振り払う。
「この槍で止めて見せる」
どこからともなく現れる、槍。リヒトはそれを掴むと、シャリに向かって駆け出した。
/*■*■*■*■*/
シャリは向かってくるリヒトを見て、だんだん楽しくなってきた。
そもそも今回の仕事はゾフォルに無理やり押し付けられたもので、シャリ個人としては全く乗り気ではないのだ。リヒトが参加すると聞いて飛びついたのはシャリだったが。
シャリは掛け声と共に繰り出される槍を避けながら、笑った。
そう、彼女のこういう顔が一番好きなのだった。その時だけは<彼女>も世界の事を忘れ、シャリの事だけを考えている。
シャリは素手でリヒトの槍の先を掴んだ。そのまま引き寄せて、顔を近づける。わずかに頬を紅潮させたリヒトが、睨むような眼差しをシャリに向けていた。
そうでなければ。
「君じゃ、僕には勝てないよ」
「やってみないと分からないっ」
「傲慢は罪だよ。リヒト」
シャリは薄っすらと微笑んでそう言うと、槍に触れた部分から雷撃を伝わせた。とっさに飛びのくリヒト。
「勘がいいのは相変わらずだね」
心底微笑みながら声をかける。彼女は間一髪でのがれたものの、無傷とは行かなかったらしく、右腕をだらんと下げていた。
「……それじゃ、戦えないんじゃない?」
シャリはわざと憎らしく見えるようつくろって、そう声をかける。
「今なら君の命だけは助けてあげても――」
シャリはそこまでからかいながら言って、ふと背後にリヒトの調理場があることに気づいた。
何気なく肩越しに振り向く。取り出す間際だったのか、オーブンのドアが開いていた。
そこにあったのは。
/*■*■*■*■*/
リヒトはシャリが見たと気づいたその時、真っ赤になった。
いや、もしかしたら蓋は閉めたままだったかも知れない……と考える。そしてその後、やっぱり開けたまんまだったと思い返してさらに恥ずかしくなる。
そこにあったのは、型抜きで作ったクッキーだった。形はいびつで、とても上手いとは言えないが、アットホームで温かそうな雰囲気が漂っている。
型には一番力が入っていて、特別製だった。
正確に言えば、その型は、とある少年の顔の形をしていた。
永遠のような沈黙。
「ふっ……アハハハハ!」
シャリは突然、腹を抱えて笑い出した。
「わ、笑うな! 確かに下手かもし、知れないけどでも……いや、やっぱり下手なんだけど……」
真っ赤になったまま、だんだん小さくなっていくリヒト。
シャリは涙をぬぐう仕草までして、しげしげとリヒトを見た。そして呆然と突っ立っているアトレイアを振り返る。
「アトレイア、僕はまだ特別審査員?」
急に聞かれたトレイアは、小さく息を呑んで首を振った。
「た、退場は申告していませんので……」
「じゃあ、リヒトに優勝を。こんなに面白かったのは、ホント久しぶりだよ……ありがとね、リヒト」
シャリはそう言うと、わずかな微笑みだけを残して去って行った。
後に沈黙が残る。
カルラが小躍りする中、恐る恐るアトレイアがリヒトの腕を取った。
「あ、愛で平和をもたらしたリヒトさんに優勝を!」
/*■*■*■*■*/
新しい鎌を貰ってすっかりご満悦なカルラを連れたリヒトは、とぼとぼと歩いていた。
ロストールとノーブルをつなぐ街道である。
すっかり日も暮れて、鴉の声に見下ろされたリヒトはため息をつく。
「どうしたものか……」
彼女が手にしているのは、自分の作ったクッキーだった。
ハンカチの中で美味しそうな光を放っている。いかにもかわいらしいシャリの顔。型を作るのに二週間もかかってしまった。
「いんないの? ならあたしにちょーだい」
自分は全くクッキーを作らず、賞品だけいただいてしまったカルラはほくほく顔で言って、クッキーをつまんだ。
「あ……」
カルラがあーんと口を開け、リヒトが目を見開く。
その瞬間、彼女の手からクッキーが消えた。
「へっ?」
「人のものを取るのは感心しないなぁ」
くすくすと、小さな笑い声を上げながら、いつの間にか現れていたシャリが言った。
その手には、カルラの手にあったはずのクッキーが乗っている。
「シャリ……何をしに」
リヒトが思わず顔を赤くして、それでも狼狽を表に出さないようどぎまぎしながら言う。
シャリはくすっと笑った。
それを見たリヒトは慌てて抗弁する。
「べ、別にっ、お前のためじゃない、私はただ敵であるお前を食ってやろうとだな……あっ!」
シャリはリヒトの言葉を無視して、自分の口にクッキーを放り込んだ。
もぐもぐ。ごくん。
食べた。飲んだ。彼女は思わず、反応を今か今かと待った。
無表情。全くの無表情。リヒトが落胆し始めたその時、
「美味しかったよ」
シャリは滅多にないほど柔らかく微笑んで、消えた。
我に帰ったリヒトは、緊張の糸が切れた衝撃でへたり込んだ。
「ちょっと、リヒト、リヒトー!」
カルラの応答に答えられる状態まで回復するのに、三十分ほどかかったという。
めでたし、めでたし♪
END