COLORs(1)

 体中、べとべとしたお湯がまとわりついてるみたいな倦怠感。こんなもんと一生付き合って行かなきゃいけないなんて、人生絶望って感じ。

 あたしは心の中でぼやきながら、寝室の扉を開けた。適当に電気をつけると、強い光が部屋の中を浮かび上がらせる。父さんと選んだマリンブルーのカーペット。机の上に、飲みかけたココアが入ってるイエローのカップ。

 呆れるくらいの極彩色。でもあたしには、そんなのも全部灰色に見える。
 そんな事考えながら、適当に鞄を放り出してベッドにダイブする。制服のスカートがきわどいところまでめくれたけど、どうせ誰も見てない。見られてたとしたって、まさかあたしのスカートの中身を知りたがる奇特な奴がいるわけないし。

 それに家には誰もいない。ちょっと複雑な家庭の事情ってヤツで、学生ながらあたしは一人暮らしさせてもらってる。3LDKの、女子高生が住むにはちょっとお高いマンションだ。
 
「退屈ー……」
 あたしはぽつりとつぶやいた。

 一人だから、独り言を言っても誰にも聞こえないし、泣いても、どんなに寂しくても、誰もあたしを慰めてくれたりしない。

 だけどもう、それにもなれた。ただ、だるいだけ。変わらない日常に嫌気が差しているだけ。

 ごろん、と寝返りを打つ。
 その時のあたしは、日常なんてぶっ壊れちゃえばいいと思っていた。

/*■*■*/

 轟音。まるで雷が落ちて来たみたいな。
 宿題ほっぽってうとうとしていたあたしは、突然鳴り響いたすっごい音に驚いて、跳ね起きた。

「な、何!?」

 目をパチパチさせながらベッドから下りて、ふらふらする頭を抱えたまま窓の外を覗いた。

 ダークブルーの空の下、ちょうど目の前の公園から、誰かの喋り声が聞こえてくる。だけど遠すぎて、ここからじゃ聞こえないよ!

 自分でもおかしいと思うようなすっごい興奮。あたしはドキドキしながら深呼吸して、耳を澄ました。あ〜もう、やっぱり聞こえない!

 苛々していたら、蛇口をきゅっと締めたみたいに声が止んだ。な、何? もしかして気づかれたの?

 あたしはやきもきしながら下の様子を覗こうとしたけれど、ここはマンションの三階。しかも夜とあっては見えるはずもない。

 いっそ下に行って見て来ちゃおうか――

 なんて思っていたあたしは、明らかに悲鳴のような声と、何かと何かがぶつかり合うような音を聞いていても立っても居られなくなった。

 えーい、何とかなるわよ!

 あたしは制服のブレザーを引っつかむと、素早く羽織って部屋を出た。
 絶対見逃せないよ。この、灰色の世界が終わるかも知れないんだから!

/*■*■*/

 外に出て、公園までの道を歩く。信じられないくらい寒かった。あたしは身震いして懐中電灯を胸に抱くと、ぶるっと震えた。歯の根が合わなくて、カチカチってうるさい。

 待って、おかしいよ。いくら寒くたって、もう春なのに、こんなに寒い訳ないじゃない。それに、いくら後ろを振り返っても、辺りを見回しても、誰の姿も見当たらない。さっきの大きな音聞いたら、絶対人が集まってくるはずなのに。

 あたしは何とも言えない異常な感じにゾクゾクして、自分でも知らないまま微笑んでいた。

 そんな風にヘラヘラしてたバチが当たったのかも知れない。

 急にあたしの前に、何かが飛び出して来た。見た事もないほど綺麗なパールホワイトの毛をしたライオン(!)みたいな動物だ。荒い息を吐きながら、ぎらっとした黄色い目を闇の中に向けている。

「ひッ!」

 あたしは情けないけど、怖くて怖くて腰が抜けて、動けなかった。

 その動物が、不意にあたしを見た。あたしは口から覗く涎だらけの歯とか、皺の寄った鼻面だとかに気おされて動けない。もう絶対、次の瞬間にはあれに食われて、内臓とか引き摺り出されちゃうんだと思い込んでた。

 動物がゆっくりと、威嚇するようにあたしに近づいてくる。もう駄目だ――! あたしは目を瞑って、少しでも痛みが少なくてすみますようにって神様に祈った。

「クゥゥン」

 だけど、あたしは生きていた。頬に湿ってざらざらした感触が当たり、すぐ側に熱い鼻息を感じる。
 恐る恐る、って感じで目を開けたら、さっきの動物が、あたしの頬を舐めていた。

「うひゃあああ!」

 あたしはみっともないけど、変な声を上げてその動物を突き飛ばしていた。だって怖いのよ! こんな大きな動物にこんなにくっついたの初めてだし! 牙鋭いし!

 すると動物は、文句を言うでもなく頭を地面につけていわゆる”伏せ”の状態になると、媚びるように「くぅぅん」と鳴いた。な、なんだ、おとなしいじゃん。

 あたしは、もう意地みたいになって、ばくばく言ってる心臓を無視して動物の頭を撫でた。その手が震えてるのはご愛嬌だ。

 するとその動物は、嬉しそうに目を細める。
「あ、アハハ、かわいいじゃん、君、名前なんての?」

 とーぜん、動物は喋ったりしない。あたしは構わないで、どんどん話し掛けた。
「白いから、パールってのはどう?」

 動物が尻尾をぱたぱた振ったので、あたしは頭を撫でながら、にっこりした。
「うんうん、じゃあアンタは今日からパールね」

 あたしはしばらく、パールの頭を撫でたり、お手させたりして遊んだ。え、さっきまで怯えてたのにって? 女心と秋の空って言うでしょ!

 だけど、パールは不意にすっと顔を上げて、切なそうに目を細めると、あたしの服の裾を引っ張った。と言うか、はっきり言うと、スカートの裾を。

「や、やだ! 離してよ!」
 あたしは誰が見てる訳でもないのにカーっと顔を赤くして、スカートが脱げないように引っ張った。だけど、パールの力は砲丸投げの選手みたいに強くて(砲丸投げの選手と付き合った事があるわけじゃないけどね)、ずるずる引き摺られていく。

 あたしはようやく、どこかに連れて行きたいのかなぁと気づいて、おとなしくついて行った。

 何よ、無用心だって思う? しょうがないじゃない。だって、ほら……もしかしたら徳川埋蔵金の在り処とかに連れて行ってくれるかもって……だ、だって、こういうパターンだと、何が起きてもおかしくないでしょう!?

 でもパールが連れて行ってくれた所にあったのは、埋蔵金でも一億円分の宝くじでもなくて、そんなものよりもっともっと綺麗で高そうな男の子だった。

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 シャリのシャの字も出てこない(涙)
 とりあえずこんな感じで、短く、すばやい文体で書いて行こうと思います。更新はゆっくりで。目指せ少女小説。