その剣に花束を


1-1 序章




「知らぬのであれば教えてやろう! 主の名はアリエーフ。我、七王が一人、ディーヴァの娘よ!」
 アリエーフは思わず茶器を床に落とした。

 それは、勇者ネメアの時代よりずっと昔――まだ神聖王国が存在した頃より始まった。



 アリエーフ・イーリアは、神聖王国アルレシアの王宮に仕える侍女だった。若々しい活気に溢れる立ち姿。尖った赤い唇と、澄んで真っ青な瞳が目を引く。清楚な黒いドレスの上に、神聖王国の紋章が入った白いエプロン、という典型的なメイド衣装を小奇麗に着ていて、腰までのびた金髪は、いかにも神経質そうに後ろでひっつめていた。

 彼女は小さく咳払いをして、半ば忌々しげに王女の部屋をノックする。すぐに小鳥のさえずるような返事が返ってきたのを確認して、アリエーフは扉を開けた。
 華美そのものと言った印象の部屋。装飾品にはことごとく王家の紋章が刻まれ、中央のテーブルには、これまた紋章つきのお姫様と王様が座って、談笑している。
(いい気なもんだよね。……ま、いいか。どうせあの女も長くない)
 心の中で毒づき、無表情にティーの用意をする。
 美しい姫君は、談笑する口をとめると、アリエーフの方を見て小さく笑った。
「気をつけてくださいまし、アリエーフ……この間のように、手をすべらせてはいけませんわよ」
「かしこまりま――
 した、と言おうとして、アリエーフは息を呑みこんだ。
 突然目の前に黒い粒子が集まり、だんだんと人の形をなして行く。硫黄に似た鼻をつく匂いがたちこめ、姫がせき込んだ。
 アリエーフはとっさに姫をかばって床に押し倒すと、「王、お早く!」と叫ぶ。
 王はすぐさま立ち上がると、姫を抱き起こして後ろに下がった。
「何と……」
 やがて像を結んだのは、一人の男性だった。三十代程度だろうか。灰色の不気味な肌で、目はぎょろりとくすんだ青色をしている。髪の毛もどこか煤けた印象で、金色だった。
「何者だ」
 アリエーフが緊張を押し隠して尋ねると、辺りをぎょろぎょろと見回していた男は、歪んだ笑みを浮かべた。
「我の名を尋ねるか……アリエーフ? フン、それもよい」
(こいつ、何者――!?)
 アリエーフは無言で首を横に振ると、男の彫像めいた顔を睨みつけた。
 すると男は大きな笑い声を上げた。仰け反り、ほとんど喀血する勢いで笑いを吐き出す。そう、嘲笑を。
「お主は、自らの存在も知らぬと見える……知らぬのであれば教えてやろう! 主の名はアリエーフ。我、七王が一人、ディーヴァの娘よ!」
 アリエーフは思わず、茶器を取り落とした。
(父親? この男が? 七王の、ディーヴァ? 全然意図が分からない。なんで、そんなすぐウソだって分かるようなこと……)
 父親と名乗った、その男と目が合う。あまりのことに、ひどい吐き気がこみ上げた。
 ディーヴァと名乗った男は腕を大きく広げ、姫の方に向き直ると、含み笑いをもらした。これから起こることが楽しくてたまらない、という風に。
「そして、姫よ。我が娘が、何を企てておるのか教えてしんぜようではないか。ん? お主、姫の暗殺よ!」
「何だと」
 王に疑うような眼差しで見られたアリエーフは、狼狽のあまり顔色を失った。口を開くものの、おぼつかない。
(私が、暗殺のためにここにいるって……どうして、それを!?)
「な、何言って……」
「ほうれ、見よ。もしも我が言葉に偽りがあるのなら、この娘がここまで狼狽すると思うてか? どうだ? 七王ナザールの子孫よ……」
「アリエーフ・イーリア! 真か!」
 王の鋭い声に、アリエーフは激しく首を横に振った。
「違います! 私、違います……」
「誰か! 誰か、王命である、この娘を引っ立てよ!」
「お父様!」
 姫がか細い悲鳴を上げるが、三十六代神聖王フェイルイーロは全く聞く耳を持たなかった。
 満足そうに笑って、ディーヴァと名乗る男は、アリエーフに視線を移す。
 アリエーフは眉をつり上げると、カラカラに乾いた舌を動かそうと試みた。
「暗殺なんて言いがかりっ……」
「虚言を弄す必要などもうないわ。さあ、父と共に来るがよい、娘よ」
 手を差し出され、アリエーフはぞっと青ざめた。
(いきなり現れて、何なのコイツ? これじゃ、もう逃げるしか)
 アリエーフは食って掛かった。七王ディーヴァ? そんな、ほとんど神話に出てくるような存在を騙るなんて、正気の沙汰とは思えない。おまけに、自分がその娘だなんて、とうてい信じられるものではなかった。
「そこを、どいて! 私はあなたみたいな、訳の分からない奴について行ったりは……」
 その時、外から鎧のガチャつく音が迫ってきた。
 手を差し出してくるディーヴァ――、そして敵意に満ちた目で睨みつけてくる、神聖王フェイルイーロ。
 アリエーフはほとんど涙を浮かべて双方を見比べる。
 と、その時――突然、光と共に一人の少年が現れた。アリエーフたちが驚いている間に、彼は周りに向かって一礼する。
 そして、鎧を着た兵士たちが駆け込んでくる一瞬前、アリエーフは少年に手を引かれて、その場から消えたのだった。



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 えー。自信はありません。(きっぱり)
 シャリ君は、いつも女主をかっさらって行くといいです。たとえ殺しちゃっても。
 牽引効果を狙って意外なシーンを持ってきたつもりですが、あまり成功してないかも知れません。ちょっと敷居が高くなってしまいました。

 ※こちらの背景画像は、
NANOMEMOの珠越さまよりいただきました。謝々!