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COLORs(10)

 御羅田は授業が始まっても来ない。

 こうなると分かっていたけど、やっぱり御羅田のことが気になって授業なんかに集中できなかった。あたしはチラチラ廊下の方を窺いながら、ため息を落とす。背中にシャリの楽しげな視線を感じたけど、あたしは意地になって振り向かなかった。先生に見つからないように、こっそり机の下で携帯を覗く。……駄目、今日の放課後塾だ。今授業抜け出すわけに行かない。

 だけど、御羅田が授業に来ないのはあたしのせいな訳で、もしこのせいでアイツが先公に目をつけられたらあたしのせいだ。……ううん、あたしには関係ない。関係ないけど、でもそれをきっぱりはっきり無視するなんて出来ない……

 そんな風に悶々としてるうちに、高らかに鐘の音が鳴って、先生が教室から出て行った。あたしは空の席を横目に、バックパックを引っ掴んで教室を飛び出した。

 /*■*■*/

 こんな所を走ってるのは、別に御羅田のためなんかじゃない。全然ない。それははっきりしてるけど、恥ずかしくてたまらない。
 今走ってるのは、学校から二十分ほど歩いた位置にある歓楽街だ。チカチカ鮮やかな光を放つゲーセンの看板、カラオケの四文字が至るところで光ってる。短いスカートを履いた女があたしを振り返って笑う。髪を金色にして詰まらなそうな顔をしている男が野次を飛ばす。
 あたしはそれらのものから故意に意識を逸らして、御羅田はどこだろうと考えた。学校を出てから、何となくこの辺りにいるような気がして走って来たけど……

 ふと戸惑いを覚えて、足を止める。とたんに息が上がって、立っていられなくなった。もう構わず、暗い通りに続いてる階段に腰を下ろした。バックパックがどさりと落ちて、適当に突っ込んだシャーペンが転がる。

 ……何、やってんだろ。

 別に、あたしが御羅田を探さなくちゃいけない理由なんてないのに。それなのにあたし、こんなに必死になってアイツを探してる。もう訳わかんないよ、あたしは……あたしにとって御羅田って何なの?  友達なんかじゃない。それは確かだよ。だってあたしは、今こうしてる瞬間だってアイツを蔑んでる。あんなブサイクで、おどおどしててどうしようもないやつ……

 本当にそうだった?
 あたしの中の何かが疑問の声を上げた。

 あたしに自分の考えを語ったときの、凛とした横顔。友達、と口にした瞬間、緩やかに弧を描いたくちびる。本当に、あたしは御羅田を蔑んでたの――
 無意識に唇がぷるぷると震えた。あたしは手で口を隠して、よろめきながら立ち上がる。
 違う、あたしは――

「キャアアアアア――

 耳をつんざくような悲鳴が響き渡り、あたしはびくっとして鋭く息を吸い込んだ。
 今の――御羅田の声だった? 似てたけど、でも、違うかもしれない。

 もう、御羅田が気に入らないとか、そんなことは浮かばなかった。あたしは鞄もそのままに、悲鳴の聞こえた通りに飛び込んだ。
 駆ける、駆ける。何故? 分からない。でも、駆ける。近づいてくる、濃厚な獣の匂い。走ったせいでドキドキしてた心臓が、一層脈打つ。ごくりと唾を飲み、転がるように角を曲がった……

 ――一瞬、あたしは車のオイルがどばっと道にこぼれたのかと思った。ぬらぬらと光を放つ液体が、地面にぶちまけられていたからだ。でもオイルの匂いなんかじゃなかった。だって、これは――違う、この匂いは……
 痙攣するように視線を上げる。マネキンのようにぐったりした女、破けたスーツ。スカートから二本の足が投げ出されていた。
「ヒッ……」
 あたしはさらに視線を上げて、今度こそ動けなくなった。

 あたしを見下ろしているのは、巨人だった。ううん、人の形なんかしてない。異様に盛り上がった腕の筋肉、灰色の肌、爬虫類のように割けた赤い眼。どうやら「手」のような部分から、鋭い刃物のようなものが覗いている。

 いつか見た化け物の同類――

 怪物の体は血まみれだ。そしてその瞳が、あたしを見下ろした。
 あたしは動けない。動けるはずがない。

 怪物が、あたしの方に一歩踏み出した。血がぽたぽたと垂れる、嫌な音だけが耳についた。

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地味にピンチなメイ。