COLORs(11)

 あたし、死ぬのかな。
 怪物を前にして無感動に思った。ああ、こんな所で死ぬのかと、そんな淡白な感慨だけしか無い。でも、それはそれで歓迎するべき選択なのかも知れない。
 結局、あたしは死ぬときまでこのままなんだ。

 そう考えると、むしょうに虚しくなった。あたしの目は怖くて見開いたまんまで、涙なんて流れないけど、心の中の何かが軋んで悲鳴を上げるのが分かった。

 死にたくな、

 その時怪物が、あたしに向かって手を突き出した――

 ドンッ、と音がした。体が浮く。

「逃げて!」
「っ!?」

 地面に強く叩き付けられる。――誰かに突き飛ばされた?――あたしは気がつくと倒れてた。

「早く、逃げて!」

 誰が叫んでるのか分からないけど、あたしは反射的にびくっとなった。そうだ、逃げなきゃ。

 言われるがまま、慌てて立ち上がって駆け出す。

 走る、走る、走る――もっと遠くへ逃げなくちゃ――

 でもその時、ふと疑念が胸をかき乱した。

 あたしに警告してくれたあの人は、どうなっちゃったの?

 振り向いた。
 
 ぼさぼさの髪が見える。
 ガクガク震える膝、ウチの制服。

 あたしは目を見開く。咄嗟に言葉もない。

   怪物と真向かいになって、座りこんでるのは――御羅田だった。

 どうして御羅田が!?
 あたしは混乱した。だけど御羅田は今、怪物に襲われてて、どうしてこんなことになってるのか、それは分からなくてもアイツがピンチなのは確かだ。

 あたしは焦って叫んだ。
「御羅田、何やってんのさっさと立ち上がって逃げ、」
 そこまで言って、気づいた。御羅田にはあたしの声が聞こえてない。聞こえてたとしても、足はガクガク震えて、唇は真っ青で、絶対に逃げるなんて出来そうにない。

 どうしよう、このままだと御羅田が。

 怪物はもう、御羅田に爪を向けている。
 
 もうここまで来たら、あたしに出来ることはたった二つ。

 逃げる――!?
 それとも、戻って助ける?

 残酷な選択。あたしは……

「えっ……?」

 あたしはぽかんとつぶやいた。

 それは突然だった。
 どうしてだろう。怪物は突然、歯の根も合わない御羅田から顔を逸らした。

 太い首をめぐらして、突然虚空に向かって咆哮する。
 まるで迷子になった子どもが母親を呼ぶように、切ない鳴き声。
 町中に響き渡ったんじゃないだろうか。

 怪物は背を向けると、路地の奥へとゆっくり、姿を消した。
 呆然と成り行きを見守っていたあたしは、我に返って御羅田に駆け寄った。

 へたり込んでる御羅田の脇に腕を入れて、立たせる。顔は青ざめてるけど、体はもう震えてないみたいだった。

  「ど、どうしてあ、あんなのが」
「さぁね」

   気のない返事を返しながら、あたしは御羅田を促して移動しようとした。だってそうしないと、すぐに警察だの何だのが遣ってくるに決まってるもん。


 ”クスッ……”

 聞き覚えのある笑い声に顔を上げる。
 
 御羅田は気づいてないみたいだったけど、あたしは確かに見た。
 怖いくらい綺麗な黒髪が翻るところ。

 /*■*■*/

 自販機に硬貨をねじ込み、赤く光ってるボタンを押した。
 取り出し口から何てことは無い炭酸飲料を取り出し、ため息を落とす。

 振り返ると、日が落ちて肌寒い公園が見渡せた。ベンチにぽつんと腰掛けて俯いてる女の姿以外は、誰もいない。

 あたしはゆっくりとそのベンチに近づき、缶ジュースを差し出しながら、腰掛けた。

 柔らかい風が、慰めるように頬を撫でる。

 御羅田はどうしてあたしを助けたんだろう。
 その答えは分からなかったけど、助けられたのは事実だ。こんなのに……助けられてしまった。

 ようやく震えの収まってきた御羅田が、ぽつりとつぶやく。

「ごめんなさい」
「……」

「助けようと思ったんだけど、逆に助けられちゃった」

 この女、どこまでお人良しなんだろう。あたしは逃げようとしたのに。
 ぶっきらぼうに口を開いたあたしを、御羅田の視線がずっと射抜いてる。
「あたしは別に何もしてない」

 御羅田は柔らかく微笑んだ。
「ううん、声、掛けてくれたでしょ? 逃げなかった」

「あの化け物が、勝手に逃げてっただけ。あたしは何もしてないし、するつもりなかった」
 言下に反駁すると、御羅田はジュースのタブを開けて申し訳程度に口をつけた。

 あたしはその様子をじっと見た。白い喉が動いてる。
 記憶に焼き付きそうな光景から目を逸らし、あたしは御羅田の言葉を待った。

「……ねぇ、あの大きなの、何だったんだろうね」
「さぁ」
 目を逸らし、答える。本当は心当たりがあったけど、コイツに言う義理はない。

 御羅田は沈黙した。缶を握り締めて、俯いてる。

 ……もしも御羅田がいなかったら、あたし、死んでたかもね。
 心の意地悪な部分が、あたしに囁いた。
 
 気がつくと、唇が動いてた。

「ゴメン」

「え?」
 びっくりしたように、御羅田があたしを見る。
 あたしは決まり悪げに、御羅田から缶をひったくって煽った。
「だから、ゴメン。朝、八つ当たりしちゃって」
「う、ううん、いいの。私も、びっくりして、逃げ出しちゃったし……」
「……そう」
 あたしは俯いた。別に気まずかったわけじゃない。御羅田と視線を合わせていられなくなっただけ。

 御羅田は困ったような顔でそこら中に視線を飛ばした。

「ちょっと、ショックだっただけ。勅使河原さんのことは……友達、だと思ってたからそれで」
 慎重に、確かめるような声で御羅田が言う。

 あたしは何度か深呼吸した後、出しぬけに言った。

「友達だよ」
 少しだけ胸を逸らして、誇るように。

「え?」

 聞き返してくる御羅田に向かって、あたしは笑った。

「友達だよ、あたしと紗那は」

……全部が全部、本心だとは言わない。だけど、あたしを命張って助けてくれようとした女に冷たくできるほど、あたしもまだスレて無かったんだと思う。

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 プロット的に言って、全く学園モノになっていないと気づきました(笑)
 むしろ伝奇っぽい?