シャリは戸惑ってる御羅田の前に行くと、驚いたことに手を差し出した。
「え、あ……」
「初めまして、僕の名前はシャリ。君は御羅田紗那……だよね?」
御羅田はぼぉっと突っ立ってシャリの手を見てたけど、ちらっと視線を上げてシャリの(人形みたいな)顔を見た瞬間、ボッと顔を赤くしてあたしの後ろに隠れた。
あたしは呆れた顔してたんだと思う。シャリがアハハと笑って、切り出した。
「ねぇ、学校まで一緒に行っていいかな? 転校して来たばかりだから、道がわかんないんだ」
怖いくらい優しい猫なで声。あたしはザーっと鳥肌が立つのを感じたけど、何とか我慢して笑顔を返した。
「そ、そうね。ねぇ、御羅田、いいわね?」
「う、うん……」
御羅田が頷いたので、あたしはおずおずと歩き出した。体全体が心臓になったみたいにドキドキする。シャリは何を考えてるんだろう? いきなりこんな……
あたしはそこまで考えて、ハッとなった。
シャリ……シャリは何なのだろう。
よく考えてみれば、怪奇事件が相次いだのはシャリが来てからじゃないだろうか? とても偶然とは思えない。同じ時期に同じ町で、だなんて絶対に信じられない。それに、パール――シャリと会った時に見た犬みたいな怪物――は、どこか昨日の夜に見た化け物に似てた。結局あの後、あたしは少しの間失神しちゃって、その間に警察とか来て大騒ぎになってたわけだけど……
あたしはこっそり隣を歩くシャリの顔を盗み見た。整ってるけど、何だか虚ろな感じ。何もない、本質が存在しない。まるで中身をくりぬかれた――
シャリはあたしの方は見なかったけど、その唇が緩やかに弧を描いた。秘め事を囁くような顔。
”くすっ……”
「え?」
不意に漏れた笑い声が何故かとても意外で、あたしは立ち止まってた。心臓がバクバク言って、冷や汗がじんわりと手の平を濡らした。え? 何で、あたしこんなにびっくりしてるんだろう? シャリだって笑うことくらい、ある――それなのに、どうして?
「勅使河原さん?」
「……」
「ね、ねぇ、どうしたの?」
「黙って!」
あたしは気がつくと、心配そうに肩に置かれた御羅田の手を振り払ってた。よろめく御羅田。
我に返って目を丸くする。でももう遅くて、御羅田は傷ついたように眉を寄せて、顔をくしゃくしゃにした。
「あ、ごめん……」
御羅田は首を何度も横に振って、よろめきながら、学校とは正反対の方向に駆け出した。
あたしは手を無様に突き出したまま、御羅田を追おうかどうか一瞬迷う。
「ねぇ、追いかけなくていいの?」
シャリが楽しそうに言った。
あたしは――
「あたしは……悪くない」
「そうだね、君は悪くないね?」
シャリはそう言うと、何事も無かったかのように歩き出した。あたしはその後に続いたけど、結局それから会話は無かった。