COLORs(8)

 家に帰ったあたしが見たのは、公園で異形の獣に襲われる女の子。あたしが見下ろす中で倒れた女の子だった。

 闇の中に浮かび上がる目。獰猛な唸り声が響き、ぐちゃぐちゃと、何かを咀嚼する音が聞こえて来る。

 そのうちサッシの開く音が連続して、辺りがわずかに明るくなった。マンションの住民たちも、同じ光景を目撃したのだろう。引きつった悲鳴、息を呑む音――普通な らそんな小さな音、聞こえるわけないのに。神経が逆立って、どんな小さな音でもや けに耳につく。

 鋭いものが肉に刺さる音、荒い息遣い、あたしの肩の辺りでブレーズがなぜか舌打ち。動けない、体が強張って口の中が乾いてひりひりして握った手の平が汗ばむ。

 次いで、自分の口から出たとは思えないような、脳みそまで揺さぶる悲鳴が響き渡 った。

 /*■*■*/

 翌朝――

「え? すみません、知らないです。昨日は疲れてて熟睡してたんで」
「昨日の夜はすごい騒ぎだっただろう? 気づかないわけがないじゃないか」

 鋭い牙みたいな視線があたしに注がれる。
 家を出て少し歩いた歩道で、あたしは四十がらみのおっさんに話しかけられていた。このおっさん、茶色のトレンチで、無精ひげも生えてるし、いかにも警察関係者って感じ。実際、おっさんがあたしに見せたのはケイサツテチョウ(だよね?)だったわけだけど。

 朝、家まで迎えに来た御羅田が怯えたように息を呑んだ。
 あたしは何となく御羅田を背後にかばいながら、淡白な視線をおっさんに向ける。

「すいません。ホントに知りませんから」

 おっさんから威圧感って言うの? 空気と視線だけであたしの息の根を止めてやろうって感じの雰囲気がビシビシ吹きつけてるけど、あたしは涼しい顔で答えてやる。面倒事はゴメンだ。ただでさえシャリのことがあるのに。

「あの、どいてくれません? 遅れちゃうんですけど。それとも教師脅してあたしの内申良くしてくれるんですか」

 おっさんの顔が「生意気な」って感じに歪む。でも何も言わず、あたしの前からどいた。
 御羅田はおどおどしながらおっさんの顔を覗き見てたけど、あたしが手を引くと素直についてくる。まるで守られないと生きていけない雛だ。ったく、あたしはあんたの保護者じゃないっての。

 あたしが不機嫌になってるのに気づいたのか、再び歩き出しても御羅田は無言だった。無言で、無言だけど、物言いたげに黒目がちな瞳をあたしに向けてくる。

 なんだろう。あたしに何か言いたいことでもあるっての?
 ガードレールの濁った白い表面を睨みつけながら、あたしはずんずん進んだ。道行く他の生徒が、何事かとあたしたちに視線を送る。

 そんなにあたしの態度って変なわけ?

 さらに苛々する。胸の中でハチか何かがびゅんびゅん飛び回ってる感じ。

「ねぇ……」

 御羅田は何か言い掛けて、やめた。迷うように視線が泳いでる。

 あたしはもちろん、むっとしてそっぽを向いた。

 そんなにあたしの顔がひどかったの? だからって、何もそんな反応することないじゃん。あたしが何か悪いことした? 
 ……あーあ、そっちがその気ならあたしにだって考えがある。もう二度と御羅田なんて守ってやんないもん。いくらシャリの命令だからって、こんな真似までされてかばってやるほどあたし、お人好しじゃないし。そうよ、御羅田の顔に「絶交しようよ」って叩きつけてやるのはきっと快感だ。

 あたしがそう思って実行しようとしたところで、御羅田は引きつった笑みを浮かべた。

「ねぇ、あの、さっきから後ろ、誰かついて来てるんだけど、知り合い?」

 ……へ?

 振り返る。

 いつものように一分の隙もなく美少年なシャリが、ひょいと手を上げてこちらに手を振った。
 美人な微笑みでもってあたしに笑い掛ける。

「おはよう、メイ」

 ず、――ずっとついて来てたの!?

 あたしたちの後ろをてくてくついてくるシャリとそれに気づかないでずーっと仏頂面してたあたし。……もう、ホント、脱力。

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 シャリってどんなことにも楽しんで取り組みそうですよね。
 どんな嫌がらせも通じないから、ある意味無敵(笑)