「ねぇ! どこのガッコにいたの?」
昼休みの教室。あたしは弁当箱の中身を見下ろす。黙りこむ。
「もしかしてモデルさん?」
箸を握る手に力がこもる。
「ねぇねぇ、舎利ってさぁ、難しい名前だけど、いいトコのぼっちゃんだったり?」
箸がバキ、と大きな音をたてた。あたしの手の中で、気持ちいいくらい真っ二つに折れている。
シャリの席でよってたかって質問攻めしていた女たちが、意表を突かれたような顔であたしを見た。
「ど、どーしたのチョッシー」
チョッシーと言うのはあたしのあだ名だけど、そんな間抜けな呼び方するなんて煽ってるとしか思えない。
あたしは目を丸くしている少女たちの前でガタっと席を立つと、ポケットに手を突っ込んでやさぐれた雰囲気を演出した。
そんなに迫力あったのか、あのクラスメイトどもが、ヘビの阿波踊り見たような顔で黙り込む。
あたしはゆっくりとシャリの席に近づくと、おもむろに折れた箸を振り上げた。断面がささくれ立ってる。きっと人の一人や二人、これで殺せる。
それを悟ったのか、辺りの少女たちが腰を抜かして後じさりした。顔青くして、脂汗までかいて。
対照的にシャリは飄々とあたしを見上げてる。特に怖がってる様子もなければ、怒ってる様子もない。
――あたしは箸を振り下ろした。
カチャ。
「高宮舎利君、責任とって弁償して」
シャリは口の中で笑った。
/*■*■*/
「だーからさー! あれないっての。でしょ?」
あたしは隣を歩く御羅田にまくしたてた。辺りには会社帰りのサラリーマンやらOLやらが大勢歩いてるけど、そんなの気にならない。
だけど御羅田は気になるみたいで、いつもみたくオドオドビクビク辺りを窺った。あたしが肩に手をおくと、華奢な体が跳ね上がった。
「で・しょ?」
「う、うん……」
無理やり同意を求めると、歯切れの悪い返事が返ってくる。賛成し兼ねると言うより、どうでもいいんだろう。あー、詰まんないヤツ助けちゃったな。
「それより、ごめんね」
案の定、御羅田は自分の話を切り出した。あたしは鷹揚だから聞いてやるけど、一瞬何を言われたのか分からなくてきょとんとする。謝られるようなことした覚えないのに。
それでも御羅田は強情に頭を下げた。
「ごめんね、今日も私のせいで怪我させちゃって……私が強ければ、勅使川原さんを守ってあげられるのに」
あたしは無意識に自分の頬を撫でた。今朝、ドブに頭突っ込まれそうになってた御羅田を助けた時に負った傷だ。
「これくらい何でもないよ」
自分のためだしね。うぬぼれないでよ御羅田。あたしはあんたなんてどうでもいいんだから。
嘲笑を込めて見るけど、御羅田は気づかなかったみたいだ。どもりながら続ける。
「でも……私だって、守れればいいと思うよ。と、……友達だもん」
そう言って顔を赤くする。
あたしはその赤い顔を見ながら、心がツララのように冷たく硬くなっていくのを感じてた。誰かを殺せる硬さ。
ぴたりと足を止めて、御羅田に向き直る。月明りを背に立っている彼女。
「守るの? あたしを?」
「だ、だって友達だもん――大事な人くらい守れなきゃ、いけないんだよ。人は皆、誰かを守るために生まれて来るんだから」
一体どんな親に育てられたらこんなセリフが素で出て来るようになるのだろう。あたしは心底不思議だったけど、聞くのもカワイソウだから黙ってた。
代わりに御羅田の目を――御羅田にと言うよりは、死んじゃった母親に話すつもりで言う。
「いらないよ。そんなの。巻き込まれて危険に会うならともかく、あたしは色付きの世界が欲しかったから危険な目に合ってるんだもん。それで死ぬのも傷つくのも自業自得。逆に守るのは不公平。御羅田、あんた甘いよ。守られるのが幸せだとは限らないんだから」
パパみたいに。
心の中でそう付け足した。
そうだよ。危険になりたくてなってる人間を止めるのは、おせっかい以外の何者でもないんだ。
あたしは踵を返す。
/*■*■*/
あたしはかったるい宿題を終えると、ブレーズを呼んだ。
「ねぇブレーズ、いるんでしょ?」
おなじみの破裂音がして、緑色の竜があたしの机に乗っかる。
あたしはその鼻面を爪の先で(ヤスリで磨いて尖らせたやつね)押す。
「で、シャリからなんか面白い話聞いてない?」
『いや、特に――』
あたしはそれを聞くなりブレーズの両頬に手を掛け、ぐにょーーーんとのばした。
「な・ん・で・な・い・の・よ!!」
『イデデデデデ! 俺が知るか! 俺は関係ない!』
「そうだね……エネルギーの無駄遣いだよね」
用済みとばかりにブレーズを捨てる。あたしはもう本気でふてくされて机に突っ伏した。
あーあ、ナンカ面白い事ないかなぁ。
――ザシュ。ギ。ドゴ。
…………音、だ。
突然、窓の外から異音が響いて来る。それはどんどん大きくなり、ほとんど真下で聞こえているような気さえする。
あたしはごくりと唾を飲んだ。だけどためらいはしない。あたしは強盗が出たら真っ先に顔を見ようとする女だ。きっと長生きはできない。だけどスリルを求めるために死ぬのなら、あたしはきっと後悔しない。
窓を開ける。
いつぞやシャリと出会った公園で、二匹の獣が細い棒のようなものに絡んでいた。月明かりを受けて、妖しく牙が輝く。断続的に鈍い音が響いていた。
あたしは目を見開いた。
暗闇に目が慣れて、初めて分かる。棒のようなものに見えたのは女の子だった。あたしと同い年くらいの――
あの獣は何なの? あたしが今見ている光景は――
その時、女の子がどさりと倒れた。