御羅田は想像以上の苛められッ子だった。目を離すとすぐ誰かにからまれてる。あの子のビクビクオドオドした空気がそうさせるのか何だか知らないけど、あの子に近づかなきゃいけないあたしにとってはすこぶる迷惑だ。
夕暮れの通学路。御羅田もあたしもガッコのすぐ近くに住んでるから、自然帰り道は一緒になる。御羅田は叔母の家に引き取られてるらしい。
あたしは夕日に染まった御羅田の横顔を見ながら、紙パックのジュースをすすった。
うつむいて歩いていた御羅田があたしを見る。鮮やかなピンク色の唇が動いたけど、何か言う前にまた俯いてしまう。あたしは苛々しながら紙パックを投げ捨てると、ぎょっとして立ち止まってる御羅田に向き直った。
「御羅田さんてさ」
御羅田はあたしが殴るんじゃないかと疑ってるのか、身をすくめた。バックパックを持つ手が震えてる。
「どうしてそんなにビクビクしてるわけ?」
「……」
案の定、御羅田は目を逸らして黙った。そりゃ、あれだけ苛められればヒクツっぽくなるだろうけど、いくらなんでも御羅田のは行き過ぎてる。
「……だから」
「え?」
驚いたことに、御羅田はあたしの視線を避けるようにしながらも答えた。
「私、殺人犯の娘だから……」
あたしは再び俯いてしまった御羅田を前に、何も言うことができなかった。
だって何て声掛けたらいいのかわかんないじゃん。そんなに仲いい訳でもないし。
自分を殺人犯の娘だなんて言うオンナに説教する言葉、あたしは持ってない。
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「あー、うんうん、分かったって」
バスタブの中に身を沈め、受話器に向かって笑う。反響した笑い声がバスルームに響き渡った。
ピ、と通話を終了して、あたしはフフッと笑った。話してたのはパパ。別に援交してるってわけじゃなく、実の父親。
うーんと伸びをして、再び湯の仲に肩まで浸かった。
パパは、実はすっごいヤクザな仕事についてる。いつも忙しくしてるから、話せるのも時たま。え、パパは嫌いじゃないよ。たまにしか会わないしね。それにバッグとか、買ってくれるし。
その時、突然ボンッと音がして、あたしの目の前に緑色の物体が出現した。
一瞬の沈黙。
「ぎゃーーー!!!!」
あたしは叫び、ブレーズに受話器を思い切り投げつけた。ゴーン。物凄い音が響き渡る。
『わ、悪かったって! ちょっと退屈だったから話そうと思っただけなんだよ! そんなに機嫌悪くしなくても――』
黙殺。
あたしはパジャマ着て、髪をタオルでごしごし拭きながら仏頂面で寝室の扉を開けた。ベッドに寝転がるなり、テレビのスイッチを入れる。そのまま寝返りうって、後は何言われても答えない。これがあたしの怒り方だ。
喚いてるブレーズを無視してぼーっとテレビを眺める。
『東京都S区T町で殺人事件です』
あたしは目を丸くした。T町はあたしの住んでる町だ。
何何何? とブレーズを押しのけて身を乗り出す。無愛想なキャスターが説明した。
『昨夜未明、T町の繁華街で身元不明の惨殺死体が発見されました。遺体の損傷が激しく、食いちぎられたような跡があるとの事です。警察は現在殺人事件として捜査を――』
ピ。
あたしはテレビを消して、布団にもぐりこんだ。
『おい、いいのかよ。お前が心待ちにしてた非日常だぜ?』
「……」
あたしはぎゅっと唇を噛み締める。確かにあたしは退屈が終わることを望んだ。そのためなら死んでも構わないと思ってる。だけど殺人事件なんてあたしは望んでない。それは違う。狂った人間が欲しいんじゃない、あたしが欲しいのは――純粋なスリルだ。
多分あたしがシャリを見るとドキドキするのは、彼がスリルそのものだからなのだ。彼があたしの前に現れたある種の『兆し』だから。
熱情じみた焦がれを胸に、あたしは目を閉じた。