COLORs(5)


 シャリがあたしに要求したのは、よりにもよって根暗イジメられっ子の御羅田 紗那と友達になれってことだった。

 あたしはその名前を聞いたとたん、胸に不快感が沸きあがるのを我慢することができなかった。

「どうしてあの子なの!?」

 悲鳴みたいな声だったと思う。自分でも。……だけど無理だよ、叫ばずにいられない。シャリの口からあの子の名前が出たことに、自分でも不思議なくらいショックを受けてて。
 ……思えば、この時からあたしは、嫌な予感を感じてたんだろう。

 シャリはあたしを見たけど、その目はあたしを見てるって言うより、あたしを通して紗那やまだ見ぬ敵を見てるような気がした。シャリにとってあたしなんてどうでもいい存在なんだと思う。
 悔しくて唇を噛んだ。

「メイ、……僕の言うことは聞く約束だよね?」

 シャリが念を押すように聞いた。あたしは、とにかく拳をぎゅっと握って頷いたけど、心の中は不満でいっぱいだ。
 それを悟ったのか、ミニドラ――ブレーズが不安そうにキュウと鳴いた。

 あたしは口を開く。シャリが何か言う前に。

「御羅田に近づけばいいんでしょ。何とかやってみる。でも……期待しないでね」

 もう振り返らない。あたしは屋上を出た。

 /*■*■*/

 廊下を突っ切るようにして歩く。学食に向かおうとする生徒と逆方向に。人目を集めてるのは知ってた。でもあたしはそんなこと気にならなかった。

『お、おい! どうしたんだよ、泣くなよ!』

 ぴたりと足を止める。声の主が誰なのかと辺りを見回したけど、辺りにそれらしい人はいなかった。首をひねって再び歩き出し――

『ここだよ! 見えないだろうけどお前の肩にいるから』

 あたしはぎょっとして自分の肩を見た。埃すらついてない。

『ブレーズだよ!』

 ……
 あたしはブレーズと言うのが、あのミニドラの名前だったと思い出すのに三秒ほど要した。

 とりあえず進行方向を変えて、女子トイレに入り込む。個室に足を踏み入れ、鍵を掛けて息をつく。

 で。

「ブレーズ? どうしてあんたがいるのよ」

 ボンっと音がして、モスグリーンの体を露にしたのは、確かにさっきのミニドラだった。
 あたしが小声で囁くと、ブレーズはけぽっ、と炎を吐き出して言った。

『だから、俺は連絡係なんだって! お前についてるよう命令されてるんだよ、ちょっとは考えろよ薄らトンカチ!』

 あたしは引きつった笑顔を浮かべ、ブレーズの首に手を掛けた。締め上げる。容赦なく。

「ひ・と・に・む・かっ・て・薄らトンカチなんて言う馬鹿はどこのどいつかしら」

『痛い痛い痛い! 離せ! 馬鹿!』

 ブレーズの目がぐるんと裏返った。あたしはもちろん離さないで、もっと追求しようと――

 ガタン!
「きゃっ……」

 物音と悲鳴。あたしは恐る恐る振り返った。扉の向こうに誰かいる。ブレーズの首から手を離して耳を澄ますと、話し声が聞こえた。

「そうやって泣くしかできないんだもんねぇ、御羅田はさぁ」
「そうそう。ホントむかつくよね。泣けば王子様が助けに来てくれるとでも思ってんの? ――あいにくあんたなんか助けてくれる王子様はいないのよ、このブス」

 吐き捨てるような声。
 あたしは息を呑んだ。苛められてるの、御羅田なの?

 ブレーズが、どうするんだよ、って感じの視線を送ってくる。あたしはすっかり動転しちゃって、どうする事も出来ずに様子をうかがった。

「な、なんでこんなことするの……」
「何で? ふざけんなよ、お前がむかつくからに決まってんじゃん」

 女の子とは思えないような汚い言葉遣い。絶対モテない女だよね。

 どうやら御羅田は、複数の女生徒に苛められてるみたい。……どうしよう。助けた方がいいかな。でもどうやって……そうだ! ミニドラにゴーって炎とか吹いて貰えばあの子たちも怯むよね。

 っと思ってブレーズを見たけど、奴はとんでもない、と言う顔で冷や汗かきながらぶんぶん首を振った。そこまで拒否らなくてもいいのに。

「! や、やめて! 離して、あうっ……」
「ムカツクんだよ!」

 ドスとかバキとかゴガとかビチャーとか、ものすごい音が断続的に響いてる。もうこの女の子達、見つかる気でやってるとしか思えない。現に、トイレに人が入ってるかどうかすら確かめなかったし、こういうのって放課後とかにやるもんじゃないの?
 あたしは思ったけど、すぐに答えが分かった。そっか、御羅田を助ける奴なんて生徒教師関わらずいないもんね。

 御羅田の父親は人殺しだ。正当防衛だって言い張ってたけど、その父親が殺したのは御羅田の母親――つまり父親にとっての妻だった。正当防衛なんて信じられるわけがない。それ以前にも御羅田の父親は飲酒癖があったし、素行だって悪かった。対して母親は貞淑で、内職したり、パートに行ったりして家計を支えてた、いわゆる出来た奥さんってやつ。

 誰も父親の言うことなんて信じなかったらしい。唯一の目撃者は娘の紗那だけど、目の前で母親を殺された紗那は放心状態で、とても証言なんてできなかったらしい。

 だから御羅田の父親は刑務所に入って、今も服役中。これは小学校の時からずっと噂になってる話で、この学校でも知れ渡ってる。御羅田が苛められる原因は、この辺りにもあるんだろう。

 そういうわけで、積極的に関わりたい相手じゃないけど、……でも御羅田に接触しないと、シャリとの関係も終わってしまう。ひいては、また退屈な毎日に逆戻りしてしまう。そんなの嫌だ。だからあたしは扉の鍵を開けて、進み出た。

 ぎょっとした視線と、剣呑な視線が一斉に降り注いだ。あたしは足が震えそうになったけど、何とか我慢して胸を張った。主犯格と思しき、髪の長い女の子の目を真っ直ぐ見返す。

「やめなさいよ」

 あたしが言うと、御羅田に馬乗りになって制服を破こうとしてたその女は、ゆっくりと立ち上がった。

「どうしたの勅使河原? 正義感ぶっちゃってさ。いつも我関せずのクセに」

 ゲラゲラ笑う。

 あたしはその下品な声を聞きながら、御羅田が震えながらこっちを見てるのを感じた。ちらりと見ると、目に涙を浮かべて、すがるような顔であたしを見てる。……これはシャリのためにやってることで、あたしは御羅田なんてどうでもいい。

 あたしは鬱陶しいその視線を遮るように髪をかき上げ、興味なさそうに言った。

「ねぇ、そういうの馬鹿みたいって思わない? 御羅田なんか苛めて何が楽しいのよ」
「あんたに言われることじゃないわよ。それとも、あんたが新しいサンドバックになってくれるの? そうじゃないなら出てきなさい」

 主犯格がトイレの出口を指差して、言う。
 あたしは薄っすらと微笑んで、最終手段を使った。

「御羅田が叫んだって誰も来ないけど、あたしが叫んだら先生飛んで来るよ? 内申に響くけどいいわけ? ねぇ牧瀬、あんた東大行くって言ってたよね」

 主犯格――牧瀬はさすがに顔を青くすると、お供をつれて去って行った。最後に振り返って、すっごい目であたしを睨んでたけど――あーあ、厄介なことになっちゃったな。

 憂鬱に立ち尽くしてるあたしを見てどう思ったのか、御羅田が立ち上がってあたしを見上げた。

「ありがとう」

 彼女はそう言うと、意外とかわいい顔を見せて笑った。

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短すぎて話が進みません。
……でも取れる時間が限られちゃってるので、仕方ないと言えば仕方ないのですが……
ちなみにシャリが明に冷たいのは、彼は女主以外の人間には愛想悪いと言う設定だからです。多分、ジル世界で女主と一戦交えた後に来てるんでしょうし、今のところ女主に夢中です。
ってそれを後書きで書いてどうする私。