COLORs(4)

 あたしは授業中、ほとんど放心してた。物理の宮島に定規で肩叩かれたような気がする。けど覚えてない。ついでに外に立ってろって言われた。けどそれもよく覚えてない。

 ただ確かなのは、今あたしこと勅使河原 明は廊下に立ってて、昼休みになってもまだ突っ立ってるって事だ。

 がやがやと賑わうクラスメイトたちが、あたしを指差して何か笑いながら通り過ぎていく。いつもなら間違いなく噛み付いてるけど、今はそんな気力もない。あたしどうしちゃったんだろ……

 ほとんど人が佩けたあと、あたしの脇で扉が開いた。ガラガラガラ。そして軽い足音のあと、再び閉まる。ガラガラガラ。

「メイ」
「は?」

 あたしはどきっとして身を引いた。気がつくと、あの少年――シャリが軽く扉にもたれてこっちを見てる。彼は、辺りに人がいないのを確認したあと、クスリと笑ってあたしに近づいた。

「あ、ちょっと、何よ」
 あたしがあわあわしてるのに気づかないはずもないのに、シャリは微笑んで顔を近づけてくる。何よ、あたしの事なんて忘れてたんじゃないの!?

 ほとんど混乱して叫びそうになるくらい顔が近づいたあと、シャリはぽそっと言った。
「十分後に、屋上まで来て」
「屋上って、何で? ここで話せば――
 明は言い掛けて、はっと気づいた。そうだ、シャリの命令には従わなきゃいけないんだ。

 こくりと頷くと、シャリは出来のいい生徒を前にした教師みたく満足そうに微笑んで、顔を離した。あんなに近づいても毛穴すら見えないくらいきれいな顔だったから、ちょっともったいない。

 あたしが残念に思ってるのを知ってるのか知らないのか、シャリは子どもが笑うみたいにクスクス笑う。そうしてから、廊下の向こうに歩いて行った。

 なんなのよ、もう。
 あたしはドキドキした。腰が砕けそうになるのを我慢する。

 /*■*■*/

 屋上の扉はいつも閉まってる。でもあたしが行って見たら珍しいことに、開いてた。
 不思議に思いながら足を踏み出すと、気持ちのいい風が吹きつける。天気もいいし、ここで昼寝したら爆睡できそう。

 あたしが鮮やかなスカイブルーの空見上げて笑ってたら、いきなり後ろでバタン、と音がした。振り返ると、いつの間にやってきたのか、シャリが後ろ手に扉を閉めながら笑ってる。

「シャ――
「ここまで来たってことは、昨日の宣言、本気なんだね」

 とびきりおかしいものを見たような顔で、シャリは言った。笑ってるのに、その目はどこまでも空ろ。あんまり空っぽだから、こんなの全部演技で、そういう仮面を全部外してしまったシャリは、とても怖い顔をしているんじゃないかと不安になる。

 だけどあたしは、そんなことすらも気にならなくて、ううん、むしろもっと興味をかきたてられて、いつかこの少年の素顔を見てみたい、と思った。

 だってそうでしょ? どんなに怖いものだって、退屈から抜け出せるなら命すら差し出す価値がある。

 シャリは決意を新たにするあたしを見てどう思ったのか、唇の端を吊り上げて、ちょっと皮肉っぽい顔をした。

「ホントどうかしてるよね。いつの時代でも、人間て奴は」

「シャリ、どうしてあたしのこと……初対面だって振りしたの? 全部夢だったのかと思って冷や冷やしたよ」
 あたしは詰め寄った。シャリがもっとごつい男だったら胸倉掴んで揺さぶってると思うけど、シャリの場合揺さぶったら首とかポロっと落ちそうで怖い。

「僕と君が知り合いだと、あとで不都合になるんだ。文句ある?」
「……いいけど、でも」
「それで、さっそく君に頼みがあるんだけど、いいよね、メイ」
 あたしは困った顔をしてたんだと思う。ぐっと拳を握り締めて、色々聞きたいことはあったけど我慢した。
 シャリは一つ頷くと、右手を持ち上げた。
「まずは連絡用に使い魔を貸してあげる。たびたび接触してると、いくら愚鈍な奴でも気づいちゃうからね」
 シャリが指を鳴らすと、突然、あたしの胸の辺りに暗いものがほとばしった。あたしは悲鳴を上げて飛びのいたけど、暗いものは止まらない。なんていうか、黒いわけじゃないの。ただ暗い、暗闇がぽつんと出現してる。まるで昼間が一部だけ食われたみたいに。

 ボン、と音がして、暗いものから何かが飛び出した。何かって何!? あたしが後じさりすると、何がおかしいのか知らないけどシャリが能天気な笑い声を上げる。
「アハハ、そんなに怖がらなくても、ただの使い魔だってば」

 そんな事言うけど、あたしはとにかく怖くて身をすくめてた。そしたら――
「キュウ」
 と変な鳴き声がする。あ、結構かわいいかも。少なくとも変な動物じゃないのかなって思って目を開けたら、小さなドラゴンみたいなのが浮いてた。

 あたしは失神しそうになった。
 でもここで失神すると、シャリに何されるか分からないから必死に鉄のような意志を総動員する。
 しげしげと見ると、モスグリーンの体と真っ赤な舌、爬虫類っぽい割けた目をしたミニドラゴンだった。こんなのゲームとか漫画とかでしか見た事ないけど、……略してミニドラ?

 あたしの思考が分かったのか、ミニドラは抗議するように舌を出した。

『誰がミニドラだ! 俺は青ダヌキの使い魔じゃねぇ!』

 ………………ずいぶん乱暴なミニドラだなぁ。しかもなぜかジャパニーズアニメに詳しいし。
 あたしが現実逃避してると、ドラゴンは埒が明かないとばかりにシャリの方を振り向いてボッと口から火を吐いた。
『この女、テンでダメじゃねぇか! 何で俺がこんな奴の使いッ走りなんて――

「はいはい、言うこと聞いてねー」
 シャリは棒読みで言うと、ミニドラの頭を掴んでグギギ、と無理やりあたしの方に向けた。

『いたた! いた、痛い! 分かったから離せ!』

 シャリはもう興味が失せたのか、ミニドラから手を離すと肩をすくめる。
「ごめんね、君が最後だからコンナノしか残ってないんだよ」
『こんなのって何だ! 俺にはブレーズって言う立派な名前が――
「と言う訳で、これからはこのミニドラ君を連絡用に使ってね」
「わ、分かったわ」
 指を一本立てて完璧なまでにミニドラを無視するシャリ。あたしは恐れおののいて頷いてた。
「さぁ、ここからは大事な話だよ」
 シャリは軽く目を細め、立てた人差し指を自分の唇に持って行った。
「君に最初の仕事」
「なに?」
 あたしはドキドキしながら聞く。心臓が痛いくらいに跳ねてた。だけど、シャリが口にしたのは全く予想してなかった言葉で。

「御羅田、紗那に近づいて、できれば友達になるんだ」

 御羅田――あの根暗な苛められッ子と友達になれって言うの!?

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ミニドラってどういうセンスなんでしょう(笑)
本当に怯えているのか怪しいところです、メイは。
「ねらわれた学園」をイメージしてるのでご存知の方は分かるかも知れませんが、メイはむしろ敵側の人間ですね。
まぁ、敵がわにつかないとシャリには近づけないのですけど……女主もきっとそれで悩むんだろうなぁ。
その点、メイが主人公だと全く躊躇しないので楽です。と言うか動機が退屈、って……暇つぶしなんだろうかメイにとっては。