目をぱちっと開いた。まだ朝なのに、もう胸が爆発しそうなくらいドキドキ言ってる。目に入ってきた世界はいつもと全然違う。朝の薄い陽光とか、シーツのミルクホワイトなんて、いつもの何倍も鮮やか。
きっとこれが生きてるってことなんだね。
あたしは猫のようにぐーっと伸びをして、ベッドから出た。ぽすぽすと歩いて洗面所に向かう。やれやれ、この家、無駄に広いから移動にも時間掛かっちゃうな。
ちょっと不満に思ってたけど、鏡の前に立ったらすぐに忘れた。ちょっとモデルさんみたいなポーズを決めてみる。歯磨き粉何か咥えちゃったり。
ダークグレーの髪に指を通して整えてみる。セミロングの髪は肩の辺りで終わっちゃう。
顔は白くって、痩せてるけどちょっとカサカサしてるかも。病気持ってるみたいで好きじゃない。
うん、顔は満足。バシャバシャ顔を洗って、タオルをぎゅーっと顔に押し付ける。気持ちいい。このまま寝ちゃいそうだけど、今日は早めに行きたいから我慢しなきゃね。
ブルブル顔を振って、洗面所を出た。着替えなきゃ。
ちなみにうちの制服はダークグリーンのブレザーとプリーツ。校則はそんなに厳しくない。偏差値まぁまぁってところかな。ま、あたしの頭じゃこんなもんでしょ。
軽く化粧もして、完全武装。象みたいにドシドシと家を出た。多分鼻息も荒くなっちゃってたかも。でも後悔はしてない。絶対に後悔だけはしないって決めたんだ。
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先生が来るのを待ってる間、あたしはずっとどぎまぎして、リスみたいにあちこち視線を飛ばしてた。何て言うのかな……全てがバラ色? 人生の夜明け? とにかくそんな感じで、馬鹿みたいに浮かれててさ。
そしたら、何を勘違いしたのか、隣の席でずっと俯いてた女の子があたしに声掛けて来た。
「元気……そうだね」
「まーね」
あたしは冷たく答えた。すると、女の子は分厚いメガネの奥にある目を伏せてしまう。
この子、御羅田 紗那(みらた しゃな)って言うんだけど、いわゆるいじめられッ子。
細い肩なんていつも震えてるし、制服だってほつれてる。教科書とかノートもラクガキだらけだし、傍から見ても哀れな感じ? あたしは積極的にイジメに参加するつもりないけど、確かにぼさっとした髪といい、イジメたくなる空気はあると思う。
ただ、積極的に助けるつもりもない。だってこの子、あたしが一番嫌いな『卑屈』っぽい感じあるし、立ち居振る舞いだっておどおどしてて嫌い。自分でもひどいと思うけど正直、この子が学校来なくなったりしても、あたしは全然気にしないと思う。
ツラツラ考えてる間に、ドアが開いて先生が入って来た。担任の桜井リョーコ先生。見た目は若くて頼りないけど、年齢不詳で先生たちにも一目置かれてる。
先生は後ろに誰か連れてた。あたしは思わず身を乗り出しそうになるのをこらえてまじまじと見た。
あ、昨日の男の子だ! ほっそりした外見の……って、高校生でよく通ったなぁ。桜井先生もその辺りが気になるのか、しきりに男の子を見てる。あ、まさか先生、ソウイウ趣味があったりしないよね? ダメだよ、シャリは……いや、別にあたしの物でもなんでもないけど……
悶えてる間に、先生が咳払いした。ざわめいてた教室がぴたっと静かになる。桜井、こう見えて結構怖いんだよねー。
先生はクラス中を睥睨した後、シャリの肩に手を触れた。
「今日は新しいクラスメイトを紹介します。北海道から急遽転入が決まった高宮舎利くんです」
彼は先生の手を振り解いて勝手に前に出ると、飄々とした態度でにっこりした。
「初めまして。こんな感じでいいのかな?」
一瞬の沈黙。それから、爆発するみたいにいっせいに手が上がった。
「ねぇ、君、すっごい顔きれいだね!」
「彼女いるの? ねぇ、飛び級とかしてるの?」
「前の学校はどういう所だったんだ?」
「あたし彼氏募集中で――」
「静かにしなさいよ!」
気がつくと、机をバンと叩いてそう叫んでた。
まずい、と思った時には皆シーンと黙り込んじゃってた。変なものでも見たみたいにあたしを見てる。思わず顔が赤くなった。
……弁解しなきゃ。
「い、いきなりそんなに聞いたら失礼じゃない。クラスメイトでも初対面なんだし、その子聖徳太子じゃないんだから」
クラスの反応より、シャリの方が気になって、あたしはちらちら教壇の方を見る。彼は興味深そうな顔で見てたけど、あたしの視線に気づいたみたい。にこっとした。
あ、何か言ってくれるんだ。
胸がどきどきする。シャリのまわりに後光すら見えた。
「かばってくれてありがとう。君、親切だね。名前、教えてくれる?」
……へ?
……へ?
あたしはびっくりしちゃって、口をぽかんと開けたまま、半分腰を浮かせた。
え、何で初対面の振りしてるの? あたしとの約束忘れちゃったの?
あたしを哀れんでくれたのかな。先生がコホンと咳払いして言った。
「あー、高宮君は一番後ろの席に行ってください」
「はい、先生」
シャリはうきうきした顔で答えると、あたしの横をすり抜けて席についた。あたしは気がつくと、顔を真っ赤にして立ち上がって、大声で言ってた。
「あ、あたし、勅使河原、明。よろしくね、高……宮君」
シャリは悠然と頬杖をついて、微笑んだ。
「うん、よろしくね」
波乱万丈の学園生活が幕を開けた。