COLORs(13)


「ようこそ、榊原の家へ。歓迎するよ」

 窓に腰掛けたシャリが、言った。
 そこは家の二階にある寝室で、八帖くらいのフローリングだった。家具とかは一切ない。どうやって生活してるんだろう?

 あたしは困ったように周囲を見渡したけど、仕方がないから奥へ進んだ。

 腰掛けたシャリは、いつもみたいな制服じゃなくて、最初に会った時に着てた変な服を着てる。黒の、中国っぽい服と変な帽子。
「制服ってさ、窮屈だよねぇ。この格好にならないと落ち着かないよ。君もそうでしょ?」

 シャリはそう言って、興味深そうな視線をあたしに注いだ。あたしは今、私服だ。下を向くと、適当に選んだ服が見える。七部丈のGジャン、薄緑のプリーツスカートにベルト。

「あたしは別に……制服が窮屈だとは思わない」
 そう、そんなこと思わない。最近は、制服も悪くないと思ってる。押し込められてる感じはするけど、最近はそれを許せるようになった。

 シャリはだだっこみたいに顔をしかめて、処置無しと首を振った。
「メイちゃんらしくない返答だね! 学校なんて下らないって思ってたでしょ?」

「思ってたけど、それは過去のことだよ」

「人間って、コロコロ考え方変えるよね。見てて飽きないけどさ」

「……自分が人間じゃないみたいな、言い方だね」
 あたしがゆっくり言う。これはあたしなりの「空気読め!」って合図。たまにそれでも分からない馬鹿がいるけど、シャリは分かったみたいだ。肩をすくめて、ぴょんと窓から降りた。

「メイ、僕は何に見える?」
 出し抜けに言って、シャリがあたしを見た。なんて暗い目なんだろう? あたしはその暗さに、その本質にようやく気づいた。

 これは、本当の闇ってヤツだ。もしかしたらシャリは、あたしが期待してた以上の非日常なのかも知れない。最初はそれでもよかった、だけど今では、何でだろう。非日常だけにこだわることができない。

「普通の男の子に見えるよ」
 それは少しだけ嘘を含んでたけど、別に構わない。どうせ意味は変わらない。

 だけどシャリは目を細めて否定した。「嘘だね」
「嘘じゃないよ、でも……」

 気まずそうに目を背けると、シャリが言葉を引き取る。
「事実全部じゃないよね。当ててあげようか? メイが僕のこと、どう思ってたか」

 あたしが答えないでいると、シャリは淡々と言葉を継いだ。
「君は、僕が本当は人間じゃないって最初っから知ってたよね? その上で僕に執着したってことは、僕をそういう非日常の入り口だと思ってたんじゃない? そうでしょ?」

「あたしは……」
 否定しようとして、やめる。シャリの言ってることは、正しかったからだ。

「……そうだよ、あたし、シャリの正体なんてどうでもよかった。非日常だけが欲しかった。あたしを変えてくれるものが……欲しかった」

「……」

「でも今は違う!」

 あたしが必死に言い募ると、不気味に黙りこんでたシャリが、たがの外れた笑い声をもらした。

「ねぇ、どうして必死になって否定するのさ? 僕は君が紗那に近づいたこと、とっても評価してるんだよ? これから君の求める非日常をプレゼントしてあげようってのに、ちょっとうるさくない?」

 にべもないってのは、きっとこのこと。

 あたしは黙りこんで、肩を落とした。シャリが評価してくれてるっていうのは、嬉しいけど、それだけじゃ……

 あたしはそこで気づいた。あたし、シャリにそれ以上のことを要求してる?

 途端に胸がばくばくして、立っていられないくらいのめまいがした。よろめいたあたしの手を、誰かが掴む。
「大丈夫?」
 冷たい手。虚ろな目。人形みたいな顔。どうしてシャリはこんなに……

「大丈夫」
 あたしは思考を打ち切って、シャリから離れようとした。だけどシャリの手は、あたしの手をそっと握ったまま離れようとしない。困惑気味にシャリを見つめると、彼は目を伏せて、口元だけをほころばせた。
「僕はね、虚無の子なんだ」

「虚無の……子?」

 シャリは顔を上げて、遠い目をした。
「君は知ってるかな? 願いを抱いたまま死んだ魂が、その後どうなるのか……」

「どうなるって……死んだら、それっきりでしょ?」
 何、当たり前のこと言ってるんだろう。ふざけてるのかな?

 だけどシャリは真剣だった。口元はほころんでるけど、それが見せ掛けだっていうのは一目瞭然。

「この世の果て……そう、この世界のずっと向こう。虚無と、闇の狭間には、叶えられなかった思い、願い……そういった想念が集まる場所がある」

「虚無……」

「僕はそこから生まれた」
 彼はなぜか、虚ろな口調でそう言った。

「かなえられなかった願いを、かなえるために生まれてきた。僕はそのためにいる」
 話を締めくくったシャリは、いつの間にか消えていた微笑みを再び口に乗せ、首を傾げた。

「驚いた?」

「で、でも!」

 あたしはもう訳が分からなくなって、聞き返した。えーとえーとつまり、シャリはこの世界とは別の世界から来たんだよ……ね?

「あなたが生まれたのは、この世界じゃないんでしょ? だったらどうしてここに……この世界に来たの?」

 シャリは帽子をとって、その天辺に自分の額をくっつけた。真剣な表情になってる。

「この世界には、始聖神の立ち寄った形跡がある。その影響かな? この世界にも、虚無と闇の狭間が存在するんだ。やっぱり僕の世界のそれと同じように、かなえられなかった願いがたゆたっている……救われなかった願いがね」

「で、でも、それをシャリがかなえてあげる義務はないわけでしょ!?」

「そうだね。でも」
 シャリは帽子を自分の手の中でくるくる回し始めた。ふざけてるの? あたしがムッとした顔で見ると、シャリは俯いた。

「このまま願いが増え続ければ自然に、願いを救う存在……第二のシャリが生まれてしまう」 

「第二の、って……そんな……」
 頭がぐるぐるした。シャリが二人? 訳分かんない。

 シャリは、背を伸ばしてあたしの顔を正面から見据えた。

「すでにもう、平和――正義を願う思いの結晶は生まれてる。多分もう、時間はあまりないんだ。第二のシャリが生まれてくれば、この世界はきっと破滅する。僕はそうなる前にこの町を『移動要塞』にして、虚無と闇の狭間にぶつけようと思ってるんだ」

「ぶつける――!?」

 あたしはもう混乱して、何が何だか分からなかった。頭を押さえて、視線をさ迷わせる。
「えーーーっと、つまり、シャリは正義の味方?」

「そうだよ。この世界を救ってあげようと思ってるんだ」

 シャリは毒のない笑みを浮かべる。だけどその笑みも偽者なんだろうか? 虚無の子って、何?

「どうして? ねぇ、なんでこの世界を? だってシャリって、言っちゃ悪いけど――その、そういう性格じゃないでしょ?」
「ひっどいなぁ」

 シャリはくすくす笑いながら、帽子を被りなおす。
「ある人の願いでね」

 あたしは彼が何か補足してくれるだろうと思って待ったけど、シャリはそれ以上説明しなかった。

 何それ、ひどくない? 中途半端じゃ、全然聞かなかった時より気になるって!
 あたしは文句を言おうとして、はたと気づいた。

「……あれ? 待って、ねぇ、この町を移動要塞に……って、そんなことしたらこの町はどうなっちゃうの?」

「壊れちゃうね」
 にっこりしてきれいな声で、シャリは言った。

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五月二十九日更新。
ええ、とりあえず、ここまで。続きはしばらく開いてからになります。