穴が開くほど見つめてたのかも知れない。
そのコンテナの陰に立って軽く目を眇め、こちらを見下すようにしているのはとてもきれいな少年だったから。
どこの学校かは良く分からないけど、青いブレザーの制服を着てる。脱色したのかそれとも病気か白に近い色の髪をしてる。その髪は異常に長くて、もう地に届かんばかりだった。普通なら汚いとか、不潔とか思ってしまうのに、その少年のまとった神秘的な空気がそれを許さなかった。
完成された彫像みたいに、その美しさは揺るがないように見える。シャリがお人形なら、こちらは氷の彫刻だった。
「……だ、誰?」
あたしは少年の冷たい視線に気づいて、上ずった声を上げた。びっくりしたって言うのもあるけど、どんな態度を取っていいのか分からなかったのだ。
すると少年は面白くもなさそうにそっぽを向いた。唇が不愉快そうに曲がってる。
「なぜ君に教えなければならない?」
「……別にいいよ、教えてくれなくても。だったらあたしもアンタに名前、教えないから」
生まれつき、あたしはこういう性格なんだろう。
緊張して、押されてたはずなのに、気がつくと憎まれ口が飛び出してた。
少年は片方だけ眉を上げ、びっくりしたようにあたしをまじまじ見た。後じさりそうになったあたしを支えるように、横のパールが鼻面を手に押し付けてくる。それでやっと、少年の視線を見返すことが出来た。
「……人の顔ジロジロ見ちゃって楽しい? ねぇそういう人のこと何て言うか知ってる? ヘ・ン・タ・イ、だよ?」
声は少し震えてたけど、あたしはきっちり文句を言ってやった。美形だからって、何してもいいって訳じゃないもん。
すると少年は、言い返すかのように傲然と顔を上げ――……それから、うつむいてしまった。その顔に、信じられないくらい悲しげでさびしげな表情が浮かんでる。
「君のように、昔……」
「何?」
少年の声は、掠れて小さくて、とてもじゃないけど聞き取れなかった。だって言うのに、少年は言い直そうともせず、どこか投げやりに顔を上げる。
そして突然、言った。
「榊原だ」
「え?」
一瞬、何のことか分からない。
「名前だよ。聞いただろう」
あたしは頷いたけど、何かが心に引っかかった。
何だったっけ? 榊原――聞いたことがあるような。
榊原、榊原……あ。
「シャリの住んでる家の!?」
あたしが指を向けると、榊原と名乗った少年はハァとため息。
「気づくのが遅いよ。あの家でシャリに会ったならすぐに思い出すのが普通だろうに」
「シャリの関係者なんだ? ――ねぇ、ここはどこなの!」
あたしは少年の嫌味を無視して、問い詰めた。パールが怯えるようにクゥンと鳴く。
榊原はやれやれと首を振った。
「……見れば分かるだろう? 倉庫だ」
「どうしてこんな所に連れて来たの!」
あたしはさらに喚いた。だってひどいよ。いくらシャリの仲間でも、いきなりこんな。
「……それを知りたいなら、少しは黙ってくれないか? うるさくてかなわない」
本当にどうでもよさそうな、まるでアリに向かって話し掛ける神のような言い方をされたので、あたしはぐっと押し黙った。
彼はあたしを鼻で笑った後、腕を真っ直ぐあげて、あたしのすぐ横を指差した。
?
振り返る。そこにいたのは、
「パール……? パールがどうかしたの?」
パールだ。あたしを見てきょとんと首を傾げてる。
あたしは向き直ると、眉を寄せて、不思議そうに榊原を見返した。彼はもう腕を引っ込めて、自分のこめかみを揉みながら、不機嫌そうにあたしを見た。
「モンスターに名前を付けるなんて、酔狂だね」
寝起きのような声で言う。
あたしはその声に、見下すような響きを感じてむっとなった。眉を吊り上げて榊原を睨む。
「何それ。それはないんじゃないの? パールはパールだよ」
後ろで嬉しそうにパールが鳴いた。あたしは口元を緩める。
それを見た榊原は、どう思ったのか知らないけどいきなり真顔になって、説明しだした。
「君がパールと呼んでいるソレは、フェンリルと言うモンスターの亜種だ」
「ふぇんりる?」
あたしは振り向いて、パールをじっと眺めた。きれいななライトイエローの瞳。……いきなり言われても、やっぱりパールはパールのままだ。