榊原はあたしが視線を戻すと同時に、超然と話を続けた。そうしていると、まるで神様みたいだ。
「この町で猟奇殺人事件が起きているのは知っているだろう?」
「……まぁね」
あたしはぶすっとしながら、頷いた。
知ってるどころか、襲われたことだってある。でもアレは、結局シャリが引き起こしたことだったんだよね。
……襲われた時はひたすら怖かったのに、シャリが関係していると分かると、すぐにほっとする自分がいる。
あたし、どうしちゃったんだろう?
「あれは全部シャリがやっていることだ」
と、榊原。あたしは髪をかきあげて、挑戦的に笑った。
「それも知ってる」
「シャリは、」
と、榊原はあたしの言葉を無視して続けた。
「自分の世界から多数のティラの子、モンスター――この町で暴れている化け物や、そこにいるフェンリルのような怪物――を連れて来ている。奴は彼らを使ってこの町に恐怖と混沌を広げようとしている」
榊原はそう言って、薄い唇をいったん閉じた。思い悩むように視線をさ迷わせている。
……?
あたしは、彼の話を聞いていて妙に思った。『奴』と口にしたその時、榊原は心の底から――演技なんかじゃなく――憎しみの表情を浮かべてたから。
「そして、モンスターは」
あたしは我に返った。つい考え込んじゃって、話を聞いてなかったみたい。榊原は少し不愉快そうにあたしを見てるけど、もう悩むような顔はしてない。超然と、全てを拒絶した顔をしてる。
「普通、なかなか人間に懐かないんだ。人間を憎悪していると言ってもいい」
「え?」
あたしはきょとんと聞き返した。間抜けな顔をしてたのかな? 榊原の口元が馬鹿にするみたいに曲がった。
ムカっと来たけど、今は保留。そしてパールを振り返った。尻尾を振ってるパール。全然、憎まれてるとは思えない。
「信じられないかい?」
自嘲気味な声に視線を戻すと、榊原はつまらなそうに顎をしゃくった。
「なら、試しにそのフェンリルを僕に近寄らせて見るといい。君の命令なら、きっと聞くだろう」
「そんなこと言ったって」
あたしはちょっと困った。困ったけど、シャリと出会ってからと言うもの、困ることには慣れてる。
覚悟を決める。恐る恐るパールに向き直って、榊原の方を示して見せた。首を傾げるパール。
「――……あの男に近づいて?」
不思議な事が起こった。パールはあたしの言葉を理解したのか、一声鳴くなり、突っ立ってる榊原に向かってのしのしと近づき出したのだ。
本当にあたしの言うこと聞いた!
あたしが感動してると、パールはてくてく近づいて、榊原の前で足を止めた。クゥンと鳴きながら、「これでいい?」とでも言うようにあたしを振り返る。
「パール、ありが――」
とう、と続けようとしたその時、榊原がおもむろに、パールの方へ向かって手を差し出した。
ドクン、と嫌な予感が背筋を這い登る。
何? なんなの?
あたしは何かを掴むかのように、パールに手を伸ばした。でもパールはそれより早く、榊原の腕を獰猛に睨み付け、威嚇するようにうなる。それでも榊原が触れようとすると、パールは、いきなり榊原の細い喉目掛けて飛び掛った。