保健室のベッドは清潔で、何だか温かいものに守られてるような気がした。おでこにぴたっと張り付いた冷却シートが気持ちいい。
丸いパイプ椅子に腰を下ろした御羅田が、あいまいな微笑みを浮かべながらノートを差し出した。
「ありがとう」
あたしは受け取って、ぱらぱらと中をめくる。真っ白なページに、几帳面な文字がいくつも、いくつも書き連ねてあった。真面目な性格、なんだろうな。落書きの一つもないなんて、信じられない。
あれからあたしは、シンロウ? って奴が溜まって倒れちゃったらしい。最近色々なことがあって、疲れてたんだろうか。シャリは墓参りに行けって言うし、……
……行っても、いいのかも知れない。パパに頼んで、一緒にお墓参り。たまには会って、色々話したいし……それに誘えば、今度こそ行くかも知れない。望みは薄いと、思うけれども。
「ふー……」
あたしは目を閉じて、額に手をやった。
「メイちゃんが保健室に行く途中で倒れたって聞いた時はびっくりした、けど……無事みたいだね、良かった」
御羅田はそう言うと、ふんわりと微笑む。
……あたしを助けて以来、御羅田は変わった。前よりずっと明るく、前向きになった。ビクビクオドオドしてるところはまだあるけど、それも鳴りを潜めるようになって。
……あたしはどうなんだろう。いい方に変わったんだろうか?
「……メイちゃん?」
御羅田が心配そうに小首を傾げる。あたしは何でもないと言って、唇を笑みの形にした。
「はは、情けないよね。あのくらいで倒れちゃうなんてさ。笑っていいよ、シャナ」
シャナ、と呼んだ瞬間、あたしの唇が微妙に歪んだのに気づいたかどうか。御羅田は悲しそうに首を振った。
「そんなこと」
「日ごろのシュウレンがさ。足らないよね」
無視して続けると、御羅田は苦しそうに眉をしかめてあたしの手を握った。
「ねぇ、メイちゃん……メイちゃんは人間でしょう? 超人でも神様でもなくて、女の子。疲れたら倒れて当然だよ。傷ついたら、誰かに支えてもらったって、いいじゃない。一人でなんでもやろうとしないで。私だって、いるから……」
あたしは言葉も無かった。
本当に、どういう育ち方をすれば、こんな女になるのだろう。もうまるで、自分とは全然違う生き物だとしか思えなかった。
初めて御羅田を、怖いと思った。生理的な嫌悪とかそういうんじゃなく、絶対に手を触れられないもの、届かないもの――……勝てないものだと感じたからだ。
「……じゃあ、私、行くね。辛かったらすぐに連絡してね」
沈黙するあたしを見てどう思ったのやら。気遣うような声でそう言って、御羅田は立ち上がった。
「シャナ」
背を向ける彼女に呼びかける。振り向いた御羅田は、慈しむように微笑んでいた。
「ノート、ありがと」
あたしは複雑な気持ちを飲み込んで、無理に笑った。
御羅田が怖いと思ったのは事実。でも、御羅田が嫌いなわけじゃない。嫌いでは、ない。
「うん。……あ、そうだ」
シャナは思い出したようにそう言って、もう一度あたしの方に向き直る。
「知ってる? また、転校生が来るんだって」
「……そう」
あたしはパパに連絡するためポケットから携帯を取り出しながら、静かに相槌を打った。
またシャリの関係者だろうか? それとも……
この時期の転校生。親は一体何を考えてるんだろう? 怪奇事件の相次ぐ町に転校させるだなんて。
狙い済ましたタイミングだとしか思えない。確実に事件の関係者だ。敵なのか味方なのか、それは分からないけれども。
……その時あたしはこれから電話を掛ける相手のことに気を取られて、それ以上考えようとはしなかった。
でもそれは、後になって考えて見れば、きっと間違いだったのだ。