「うん、久しぶり。相談があるんだけど。え? 違うよ。そうじゃなくて……お金のことなんかじゃないよ。そうじゃなくて、母さんのこと。一緒に行って欲しいの。うん、うん……そう、お墓に。だって命日でしょ? 一度、日本に帰って来てよ。え? ……そんなに忙しいの? そう……でも、ねえ、父さん。本当に、どうしても駄目?」
「……分かった。駄目なんだね。……うん、ごめんね、忙しいのに。勉強? 頑張るよ。分かってる。父さんに迷惑は掛けない。じゃあね」
あたしは表情を消し、終話ボタンを押した。
/*■*■*/
じめじめした風が吹いてる。
あたしは、今日学校を休んでここに来ていた。……この墓地に。
市内の大霊園。その隅に、そのお墓はあった。
別に、シャリに言われたから来たわけじゃない。もちろんきっかけはそうだけど、今、あたしが直面している事態を考えれば、一度くらい墓参りに来てもいいかも知れないと思ったのだ。
それにあたしは最近、思い出さないようにしていた母さんのことを、頻繁に思い出す。虫の知らせ、って奴なのかも知れない。だから来た、けど……
枯れて腐った木の影に隠れるように、小汚い墓石が立っている。一番安い場所だった。残された母さんの貯金じゃ、このお墓でも予算をオーバーするくらいだったらしい。祖母が霊園の人に頼み込んで、何とか小さな墓石を立ててもらったんだって。
その時、パパ……父さんは一銭たりとも出そうとしなかったと聞いた。
あたしは右手に持った花束を、汚れた墓石に立てかける。よくついてるステンレスの花差す奴はなかったから、しょうがない。
目をつむる。手を合わせると、見たこともない母さんの面影がよみがえるような気がした。
おかしいよね。絶対、気のせいなのに。
……母さん。父さんは来ないよ。いつまで待ってるの。バカみたいだよ。どうしてあんな男をかばって死んだの。
あたしは俯いた。
――その時突然、墓石が薄く光り輝いた。
な、何!?
薄暗かった辺りが淡くて優しい光に包まれる。あたしが思わず目を瞬くと、光が一層強くなり、そして。
目を開いた時、目の前に立っていたのは、儚げな女の人だった。体が薄く光って、まるで妖精みたいだった。
あたしは口をぱくぱく開けて、震えるを女の人に伸ばした。さらさらした黒髪が肩の辺りで揺れている。
女の人は、ゆっくりと口を開いた。
『めい……』
どうして、あたしの名前……
『めい……』
あたしは首を横に振った。こんなバカな。だって……
「母さん……?」
あたしは迷子になった子どもみたいな声で言った。
だってそうとしか思えない。あたしの直感が、この人は自分の母親だと告げてる。
女の人は実際、静かに頷いた。
母さん……ホントに……
「……い、いまさら何よ」
あたしは尖った声を出した。だってそうするしかない。
今なんで母さんがここにいるのかはともかく、もしこの人が母さんなら、あたしは聞かなきゃいけないことがあるんだ。
「父さんはあんたのことなんて忘れてるよ。命がけで庇ったのに残念だったね。あんたちっとも愛されてない」
『違いますよ、明』
母さんは柔らかな声であたしの頭に手を置きながら、でもはっきりと首を横に振った。
「な、――何が違うって言うの!?」
『卓也さんは、自分のせいで私を死なせたと言う事実を忘れたいだけなのです。私はそれを知っているから、もうあの人のことを恨んではいない』
母さんはそう言うと、遠い目をした。遥か彼方、まるで父さんのいるアメリカまで見通すように。