COLORs(22)

「うん、久しぶり。相談があるんだけど。え? 違うよ。そうじゃなくて……お金のことなんかじゃないよ。そうじゃなくて、母さんのこと。一緒に行って欲しいの。うん、うん……そう、お墓に。だって命日でしょ? 一度、日本に帰って来てよ。え? ……そんなに忙しいの? そう……でも、ねえ、父さん。本当に、どうしても駄目?」

「……分かった。駄目なんだね。……うん、ごめんね、忙しいのに。勉強? 頑張るよ。分かってる。父さんに迷惑は掛けない。じゃあね」

 あたしは表情を消し、終話ボタンを押した。

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 じめじめした風が吹いてる。
 あたしは、今日学校を休んでここに来ていた。……この墓地に。
 市内の大霊園。その隅に、そのお墓はあった。

 別に、シャリに言われたから来たわけじゃない。もちろんきっかけはそうだけど、今、あたしが直面している事態を考えれば、一度くらい墓参りに来てもいいかも知れないと思ったのだ。
 それにあたしは最近、思い出さないようにしていた母さんのことを、頻繁に思い出す。虫の知らせ、って奴なのかも知れない。だから来た、けど……

 枯れて腐った木の影に隠れるように、小汚い墓石が立っている。一番安い場所だった。残された母さんの貯金じゃ、このお墓でも予算をオーバーするくらいだったらしい。祖母が霊園の人に頼み込んで、何とか小さな墓石を立ててもらったんだって。

 その時、パパ……父さんは一銭たりとも出そうとしなかったと聞いた。
 あたしは右手に持った花束を、汚れた墓石に立てかける。よくついてるステンレスの花差す奴はなかったから、しょうがない。
 目をつむる。手を合わせると、見たこともない母さんの面影がよみがえるような気がした。

 おかしいよね。絶対、気のせいなのに。
 ……母さん。父さんは来ないよ。いつまで待ってるの。バカみたいだよ。どうしてあんな男をかばって死んだの。

 あたしは俯いた。
 ――その時突然、墓石が薄く光り輝いた。

 な、何!?
 薄暗かった辺りが淡くて優しい光に包まれる。あたしが思わず目を瞬くと、光が一層強くなり、そして。

 目を開いた時、目の前に立っていたのは、儚げな女の人だった。体が薄く光って、まるで妖精みたいだった。

 あたしは口をぱくぱく開けて、震えるを女の人に伸ばした。さらさらした黒髪が肩の辺りで揺れている。
 女の人は、ゆっくりと口を開いた。

『めい……』

 どうして、あたしの名前……

『めい……』

 あたしは首を横に振った。こんなバカな。だって……

「母さん……?」
 あたしは迷子になった子どもみたいな声で言った。

 だってそうとしか思えない。あたしの直感が、この人は自分の母親だと告げてる。

 女の人は実際、静かに頷いた。

 母さん……ホントに……

「……い、いまさら何よ」
 あたしは尖った声を出した。だってそうするしかない。

 今なんで母さんがここにいるのかはともかく、もしこの人が母さんなら、あたしは聞かなきゃいけないことがあるんだ。
「父さんはあんたのことなんて忘れてるよ。命がけで庇ったのに残念だったね。あんたちっとも愛されてない」

『違いますよ、明』
 母さんは柔らかな声であたしの頭に手を置きながら、でもはっきりと首を横に振った。
「な、――何が違うって言うの!?」

『卓也さんは、自分のせいで私を死なせたと言う事実を忘れたいだけなのです。私はそれを知っているから、もうあの人のことを恨んではいない』
 母さんはそう言うと、遠い目をした。遥か彼方、まるで父さんのいるアメリカまで見通すように。

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どこかで見たシーンですね(笑)
ああ、この時裏でチビッコ(おい)がどんな黒い会話を交わしてるのか書くことができたらなぁ。