――? どういうこと?
あたしはシャリに視線を向ける。彼はヒョイと肩をすくめた。
「あーあ。ばらしちゃった」
言葉の内容と裏腹に、シャリは冗談めいた仕草でそう言う。どうも答えてくれる気がないようなので、仕方なくブレーズを見ると、奴は失礼にも『けッ』とそっぽを向いた。
「ブレーズ、どういうこと? 今の母さんとシャリがどうしたっての?」
問い詰める。ブレーズは、一瞬チラリとシャリの方をうかがい、また逸らした。
『いつか言っただろ。シャリに出来ないことなんてねェんだよ。何もな……』
「買いかぶりだよ」
シャリは、意外なほど冷たい目をブレーズに向けた。
ぞ、と背筋を悪寒が駆け上がる。あたしはかろうじて表情を取り繕ったけど、シャリが再び微笑む瞬間まで息も出来なかった。
さっきの視線なんてまるで無かったかのように、彼は笑い声を上げる。
「アハハっ――君のお母さんは、強く強く望んでいたんだ。君に会って、その腕で君に触れたいと。よっぽど未練だったんだろうね。あまりにも強い願いだから、叶えてあげた」
と言うことは、つまり……シャリがあたしと母さんを会わせてくれた?
「そんなこと出来るんだ……」
シャリは、あたしのつぶやきを無視した。くすくす笑って、
「だけどようやく分かったよ。メイがどうして人間不信になっちゃってたのか」
といきなり、突きつけるように言う。
あたしはうろたえながらも、何とか返事を返した。
「え? 何それ……どういう意味よ?」
「だってメイ、覚えてる? 最初に会った日に僕が『たとえ肉親を殺せと言われても、僕の命令に従える?』って聞いたら、確かに頷いたよね。ねぇあれってもしかして、嘘?」
「違っ、あの時は――本当に――」
あたしは答えに窮した。疑われてるの? そんなの嫌だ。あの時は本気であたし、
「分かってるよ」
でもシャリはあっさりそう口にする。
「知ってるよ。あの時はメイ、本気で親でも殺すつもりだったんだよね。あの時そう指示したら。君はきっと躊躇うことなく従ったんでしょ?」
あたしはまるでナイフを喉に突きつけられたみたいになって、全然動けなかった。
「そ……うだけど、」
「あの時町の人を殺せって言ったら、きっとメイはやってくれたんだろうなぁ」
「……あの時は……」
「ねぇ、教えてあげようか。何であの時君が僕に協力を申し出たか。そんな心境になったのは何でか」
彼は、まるでとっておきの事を話すように、唇に手をあてた。いたずらっぽい笑顔。あたしはただ無意味に荒く呼吸するだけで、言葉が出ない。
「君はね、誰も信じられないんだよ」
「え……?」
「だって君の父親すら君のこと愛してくれなかったもんね。ねぇ、これまでの人生で、メイは一体どれだけの人に愛されたの? 君が死んだら、誰が泣いてくれるの?」
「……」
あたしはすぐに答えようとしたけど、喉に何かが詰まったみたいに言葉が出なかった。頭がくらくらする。あたしどうすればいいのか分からない。もう、分からない!
「――だって、シャリは言ってくれたよ、愛してるって……」
結局出たのは、そんな益体もない言葉。
シャリは当然のように笑い飛ばした。
「あれ? 言わなかったっけ? 僕は――」
『やめろよクソガキ!!』
あたしとシャリの間を遮るように飛び出したのは、ブレーズだった。熱い。ブレーズの怒気に反応するように、周囲の温度が上がってる。
『お前、それ以上言うなら許さねーぞ! そこまで言う必要どこにもねぇだろうが!!』
尻尾をしならせ、威嚇するようにブレーズが吼えた。
シャリはおどけたように一歩下がって見せ、肩をすくめる。
「あー、怖いなぁ、もう。分かったよ。でもさ、あの時メイ、言ったよね」
彼は目をすがめ、ブレーズの肩越しにあたしを見つめた。
「僕の頼みは聞いてくれるって」
あたしはもうほとんど泣きかけてるけど、何とか唇を食いしばって耐えてた。もう後一言でも何か言ったら、目にたまっているものが流れてしまいそうだったけど、何とか口を開く。
「そうだよ。あたし……シャリのためなら何でも出来るよ」
あたしは涙がこぼれる前に、自分の目をぬぐった。ブレーズが、それをシャリから隠すように移動する。
シャリの笑い声が響いた。
「――でも今は出来ないんだ?」
「そ――そんなことないっ」
咄嗟に答えた。すぐさまシャリの声が返ってくる。
「嘘だよ。メイには無理なんじゃない?」
嘘じゃないのに。……嘘じゃ、ないもん。
あたしはひたすら悲しかった。