COLORs(28)


 ――通学路をとぼとぼ歩く。朝早いから、人の姿はあまりない。するのは小鳥の鳴き声と、葉のざわめく音だけ。あたしはそれに不思議と落ち着いて、だんだんと心が静かになって行くのを感じた。

 ――御羅田と会っても、あたし前のように笑えるかな。
 お父さんを殺した今でも、あたしは御羅田に笑い掛ける事が出来るのかな。どんな顔で笑えばいいんだろう。あたしがやったことは、許されることじゃないのに、そんな最低の殺人鬼が、どうして笑えるんだろう。

 今度こそ、涙がこぼれそうになった。
 でも、その時あたしは気づいた。
 誰かがいる。

 ちらり、と気配のする前方を見やると、一人の少年が電信柱に背を預け、目を伏せていた。一瞬、何故か似た空気を感じてシャリかと思うけど、違う。シャリじゃない……あの長い髪、日本人離れした顔立ち……榊原だ。

 あたしは彼だと分かっても、立ち止まらなかった。そのまま歩いて、彼の前を通り過ぎる。あたしが半ば通り過ぎ掛けたところで、榊原の手があたしの腕をつかんだ。
 振り返る。

「なに?」

 眼差しは、どうしても険しくなった。だって榊原は、シャリと共謀してあたしを陥れたんだ。シャリに怒りをぶつけられない分、この男を手ひどく扱ってやらなければ気がすまない。

 でも榊原は、あたしの顔を見ると何かを悟ったような顔で手を離すと、一歩後じさりした。

「……君は、」
 榊原は震える口調でそう口にする。
 あたしは続きを待ったけど、彼は結局口を閉ざし、すっと息を吐きながら目を閉じた。まつげが何かに耐えるように震えてる。

 …………結局、美少年って特だよなぁと、あたしは思う。

「あたしに何か用? 榊原……ううん、エルファス」
 今度は真剣に向き直って問い返してやると、彼はますます痛ましそうに眉をゆがめた。だがそれも一瞬のことで、彼はすぐにプイとそっぽを向いてしまう。

「僕をその名で呼ぶな。別に、君に用なんてない。しけた面をして歩いているから何かと思っただけだ」

 あたしは理解不能の生き物を見る目で榊原を見た。この傲慢な少年がこんな事言うなんて思っても見なかったからだ。
 すると彼は、失言に狼狽したのか顔をわずかに赤く染め、ムキになったかのように無理やり首をひん曲げた。

「……僕にも、誰かさんのおせっかいが移ったらしい」
 榊原はつぶやくと、苦痛に耐えるようにそのきれいな顔をあたしの方に向けた。動かなければ、何かの神像めいてきれいなその顔を。

「シャリから聞いた。父親を殺したんだってね」

 あたしの胸の中で、炎のようなものがカッと燃えた。だってシャリと共謀してたのは彼じゃないか。

「あんたがっ……」
「僕のせいじゃない。知らなかった」
 抜け抜けとそう口にする榊原。
 でも、
「信じられないよ! あんたがあたしにあんな事言わなければ――シャリの命令を伝えたりしなければあたしはこんな事にならなかったんだ!!」

 涙がこみ上げる。
 榊原を責めるのが筋違いだなんてとっくに分かってる。全部あたしが、あたしが決めてここまでやって来たんだって分かってる、なのに言葉が止まらない、ぶつけずにいられない!
「ひどいよ!!」
 叩きつけるような声に榊原が顔色を無くしてよろめく。あたしはもう一瞬たりともこの少年の前なんかに立っていたくなくて逃げ出した。その腕を榊原が掴む。

「全てはシャリのせいだ!」
 心臓を、ぐっとわしづかみにされる。心がひやりと止まる。何を考えていいのか分からない、いや、考えてはいけない――
「シャリが憎いと思わないのか? 君の気持ちを知っていながら、それを利用することしか考えないシャリが。自分でない女に執着するあいつが憎いと思わないのかい?」
「黙って!」
 あたしは榊原の腕を振り払おうとした。でも、彼の指が強く腕に食い込んで離れない。こんな細い少年のどこに、こんな力が潜んでいたのだろう。

 榊原はあたしの前に回りこむと、あたしの両肩をひしと掴んだ。
「今ならシャリを陥れることだって出来る。シャリはこの町を移動要塞にして虚無と闇の狭間にぶつける気だ。そうしたらこの町は消えてしまう、君の家も君の友達も全てだ。第一、事が終わった後シャリが君を生かしておく理由なんてどこにもないんだ。本気で君は、シャリに愛されてると思ってるのか? ――そんなわけないだろう。分かってるんじゃないのか? ヤツは君には振り向かない、君を愛したりはしない、それが分かっていて、どうしてシャリを憎まずにいられる?」

 もう限界。もう何も聞きたくない、――今さら、

「今さら分かりきったこと言わないで!」
 あたしは榊原を全力で突き飛ばした。息切れする胸を抑えながら、榊原を睨む。

「分かってるわよ! でもしょうがないじゃない! シャリが好きなんだから、もう後戻りできないくらい大好きなんだから!!」

 あたしは駆け出した。地を強く蹴りつけて何度も何度も嗚咽をこらえながら、涙をぬぐいもせずに走った。そうすればいつか泣きやめると、泣きやまなければならないと知っていたから。

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 メイは、口ではそれでもと言っていても、心の底から割り切れているわけではないので、突きつけられるとやっぱり弱いです。