パァン!
乾いた音が響き渡る。血しぶきが舞った。
「パール!?」
「キャインッ!」
あたしは自分の顔をかばい、パールに向かって駆け出した。胸がドキドキしている……何? 今の、銃声みたいな……
パールは無事なの?
駆け寄って行くと、パールは地面に倒れてピクピクと痙攣していた。真っ赤な血が流れて毛並みを汚している。
ひどい……誰がこんな事を?
「パール……」
漂っているのは硝煙の匂いだ。きっとなって、電信柱の影で震えている男をねめつける。その手には黒光りする――拳銃!?
「あんたは……」
いつぞや、怪異事件のことであたしに聞き込みしてきた刑事のおじさんだった。青い顔であたしを見ている。
何でこんな所にいるんだろう? ……そうか、怪奇事件解決のために張り込みしてたのか。
「き、君は……翔明高校の……」
この刑事、記憶力は良かったらしい。
「……あたしの事覚えててくれたのね。でも残念。なおさらあんたを逃がす訳には行かなくなっちゃった」
悪役ばりの台詞を吐いて、パールに指示する。ここで逃がす訳には行かない。
パールは何度もくじけながらも立ち上がった。
「グルルルル……」
歯を剥き出しにして威嚇する。
「く、来るな――撃つぞ!!」
「職務熱心なオッサンね。もしかしてずっとこの辺張ってたの? でもあんたに訪れるのは犯人じゃなくって死よ」
「来るなァ!」
パァン!
!?
音と共に、あたしのわき腹を何かが貫いた。
「っ……!」
はっとしてその部分を押さえるけど、シャツが破れているだけで肌までは傷ついてない。ほっと安堵の吐息を漏らしていると、怒り狂ったパールが指示を待たずに刑事へと飛びかかった。
「パール、待て! ――パール!!」
でもパールは止まらない。血走った目をした刑事の銃がパールの眉間に照準を合わせ、――
パァンっ
「パールっ!」
ギぃンッ
――!?
一体、何が……
銃弾はパールの眉間ぎりぎりで止まっていた。青い皮膜のような物がパールを中心に展開され、銃弾の到達を妨げている。そして皮膜が消えると同時に、銃弾も地面へと落ちた。
あたしは反射的に榊原の方を振り向いた。彼はどこから取り出したのか、細長い木で作ったみたいな杖を構えている。
……今のは……榊原が? でも……
「……パール、退け」
小さく指示すると、パールは刑事を威嚇しながらも後退した。
あたしはそれを確認し、刑事の方へ視線を戻す。
「ひ、ヒィィ……」
刑事は焦点の定まらない瞳で拳銃を構えたままだ。
憎しみの視線を向けるあたしの横をすり抜け、榊原が前へと出た。どこまでも冷たく見下すような表情をしている。
「……蒙昧な」
何をするのかと見ていると、彼は杖を持った腕を一振りした。その瞬間、杖の先から細い光線がほとばしり、刑事のこめかみを貫く。
――赤い華が咲いた。
/*■*■*/
夜中の公園は結構怖い。木々のざわめきが、作り出す陰影が得たいの知れない化け物に見えるから。
あたしはそう考えながら、水道の蛇口をきゅっと締めた。濡らしたハンカチを絞る。振り返ると、ベンチの脇に傷ついたパールが寝そべっている。――榊原もそのベンチに座っている。
「よしよし、パール……」
あたしはパールの脇に跪くと、血のこびりついた毛をぬぐった。
「くぅぅぅん」
パールはおとなしく寝そべっている。耳の裏を掻いてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
パールの怪我は深いものだった。肩の付け根を銃弾が貫き、大量に血が流れていた。だがもうその傷の影はない。モンスター特有の再生能力が発揮されたらしい。
「……君は怖くないのかい? 異形の化け物を前にして」
何気なくと言った風に榊原が声を掛けてくる。ついビクッと体をこわばらせ、あたしは自分に言い聞かせた。
冷静に、冷静に……
「――本当はね、モンスターがあたしに懐いてくれるって知った今でも、たまに怖くなる。でもパールは別。あたしが最初に会ったモンスターだし……」
シャリと引き合わせてくれたのもパールだから。
シャリを敵としか見ていない榊原にそう言うのは気が引けて、あたしは言葉を呑んだ。
「そうか……」
榊原は目を背けた。見て居られないようだった。
代わりに――と言うわけでもないが、あたしはパールを撫でながら榊原の様子を窺う。
さっき、榊原はいとも簡単に人間を殺して見せた。そして訳の分からない、盾のようなものまで使えるらしい。まるで魔法使いだ。これじゃ、いくらモンスターで襲ったってあたしに榊原が殺せるとは思えない。
一体、どうすれば……
考え込んでいるあたしをどう思ったのか、榊原は居住まいを正した。
「さっきの答えを聞かせて欲しい」
「あ……うん」
曖昧に答えを返す。
どうする……どうすればいい?
あたしには榊原を殺せない。だけどここで榊原に否と答えてしまえば、裏切りを知るあたしを榊原は生かしておかないだろう。どっちにしても戦いになってしまう……そうなればあたしの命はない。
「……」
――そうだ。
……榊原を、殺せないなら……せめて彼に協力するフリをして、シャリに榊原の情報を渡せば……そうすればあたしもシャリの役に立てる……はず。
そうと決まれば。
メイはきっ、と榊原を見つめ返した。その一挙一動を見逃さないように。
「……いいわ。協力してあげる。隙をついてシャリからあなたのソウルを取り返してあげる」
「ありが――」
「ただし!」
あたしは一本指を立て、榊原に顔を近づけた。
「ただし……タダって訳には行かないわ。あなたのその不思議な力、あたしも使えるようになりたい」
「……魔法を? だが、君は」
「お願い」
――そうすれば榊原に対抗できるだけの力が得られるかも知れない。それ以上に、もっとシャリの役に立てるかも知れない。
「教えてくれないならこの話、断る……」
さぁ、どう出る?
じんわりと汗がにじみ、指先が震える。榊原が拒否すれば、もうあたしの命はないと考えていい。そうなったらもうシャリの役には立てない。それは……嫌だ。
「……分かった。教えよう」
榊原は仕方が無いと言う風に肩を落として言った。
「だが……結果は君の才能如何だ。僕ほど強力な魔法が使えるようになるとは限らない。それでもいいかい?」
「いいわ」
あたしは榊原の手をガシッと掴んだ。にっこりする。
「よろしくね、先生――」
視線が交錯する。榊原は悲しげに目を逸らし、手を振り払った。
「よしてくれ。慣れ慣れしい」
「……ずいぶん――」
!?
あたしは言葉を切り、闇に目を凝らした。何か……来る。