闇に目を凝らしていると、やがて"何か"が這い出して来た。二体の影……
あたしは目を細める。
「ブラック……それに、ネイビーね」
あたしがさっき町に放ったモンスター達だ。
ブラックは黒い大きなドラゴンの姿をしたモンスター。プライドが高く、あたしの命令もあまり聞いてくれない。ネイビーは巨大な鷲みたいなモンスターだ。こちらは温和でおっとりしてる。
二頭の体は闇と溶け合うように霞んでいた。
「榊原……」
振り向いて確認するように首を傾げると、彼は面食らった様子で顎を引いた。あたしはそれに頷きを返し、二頭に向かって近づいて行く。
彼らの前に立つと、それぞれ頭を撫でてやった。ネイビーは嬉しそうに声を上げるが、ブラックの方はそっぽを向いてしまう。全く……
「どうしたの? 二人とも……狩りは終わった?」
「きゅるるるる」
ネイビーが鳴いた。なんとなく言ってる事が分かる。
「……そう……今夜は警察の奴らがたくさん張ってたのね……さすがにバカなあいつらも、本腰入れて捜査に乗り出したんだ……姿は見られなかった?」
「フン」
ブラックが鼻で笑った。つくづくムカつくやつ。
ちなみに今のを意訳するとこうだ。"誰がそんなヘマするか"だ。
あたしは気を取り直して尋ねた。
「……で、首尾の方はどうだった? 今日は何人殺したの?」
「きゅうっ」
「ガウ」
ネイビーとブラックが同時に答える。
「ネイビーは……三人? 芳しくないわね。監視があったんじゃ仕方ないか……ブラックは……六人? すごいじゃない。さすがね」
ブラックは照れたのか、気に入らなかったのか『もう行っていいか?』とでも言うように背を向ける。あたしは二頭に向かって微笑みかけながら頷いた。
「これで解散よ。二人ともありがとう。助かった」
あたしの言葉に答え、二頭は背を向ける。その姿は、まるでもともとの正体が霞であったもののごとく闇に溶け消えて行く。
あたしは彼らの姿を見送った後、振り向いた。パールは忠犬よろしく伏せてあたしを見上げてる。榊原は……ぶすっとあたしを見てる。うん、二人ともいつも通り……だ、ね……はは……
気を取り直して、かすかに微笑む。
「……パールも、行っていいよ。――榊原、シャリの所へ報告に帰ろうか」
/*■*■*/
まだ電気もついてない教室。朝の淡い光だけが室内を照らしている。
あたしはため息をつきながら、あえて電気はつけないまま自分の机に向かった。ドスンと鞄を置いて、そのまま机に突っ伏す。もちろん他に人影はない。
――昨日……
目線だけを上げる。かざりっけのない壁が飛び込んで来た。
――報告に戻ったあの時……シャリは何も言わなかった。榊原と一緒に帰って来たあたしを見ても、何一つ表情すら変えないで淡々とあたしの報告を聞いて。そして最後に一言だけ言ったのだ。
『もう帰っていいよ』
――それ以外は始終沈黙。不気味……と言ってもいいくらい、黙して語らなかった。あの沈黙が恐ろしい。何を考えているの? シャリは……
あたしはずるずると立ち上がると、改めて椅子に座りなおした。どよんとした視線を黒板に向ける。
おかしい……よね。シャリは昨日の夜、榊原があたしに裏切りを持ち掻けてくると読んでいた。そしてあたしは予定通りなら榊原を襲うはずだった。なのにあたしも榊原も無事に帰って来て……おかしいと思わないはずがないんだ。
じゃあ何でシャリは何も言わなかったの?
……ううん、良く考えて見れば……シャリの事だから、あたしの様子を何らかの方法で見張っていてもおかしくない。むしろその可能性は高いよね。だってシャリだもん。
そしたら……あたしが裏切ったフリをしてるんじゃなくて、本当に裏切ってると勘違いしてたって全然おかしくない……んだよね。
あたしはガバッと身を起こした。
ど、どうしよう!? まずい。まずいよそれは。あたし裏切るつもりなんて全然無かったのにそんな勘違い……
あああ! どうしよう。何とかして、シャリにそれは違うってことを伝えないと……! でもせっかく裏切ったフリしたのに、榊原にバレちゃ意味ないし……! 口伝えじゃどっかから絶対バレちゃうよきっと! 根拠はないけど!
う〜。どうしようどうしよう。そうだブレーズに……駄目だ! ブレーズなんて信用できない!
じゃあどうしよう? う〜……口伝えが駄目なら……手紙。そう、手紙とかはどうだろう!? それであたしが直接シャリに手渡せば確実だし!
そうと決まれば!
あたしは早速鞄の中をまさぐってメモ帳を取り出した。ノートが何冊か床に落ちるけど構っていられない。
えーと、……あーもう! シャーペンの芯が切れてる! こんな時に……!
芯を取り替えて、改めてメモに書きつける。
「シャリへv……と。ハートはいらないな。……次は……もしかして、勘違いしてるかにゃ? じゃない、ええと、勘違いしてるかも知れないけど、あたし榊原に寝返ったフリして――」
「榊原?」
「うわわわわ!!」
飛び上がってメモをびりびりに引き裂く。紙片が舞った。あたしは鞄ごと抱きかかえて振り向く。
「だだだ、誰!?」
そこに立っていたのは、訝しげな顔をした例の転校生……リュウトウだった。
みみみ、見られたかな……?
彼は手に持ったノートを差し出してくる。
「……? 落ちたぞ」
「あ、ありがとう」
何とか笑顔で受け取る。リュウトウは興味なさそうに頷いて、ガタリと自分の席に座った。
ドキドキしながら観察していると、やたらずっしりした鞄の中から何冊か教科書を取り出し、ノートを広げて勉強を始める。
変なヤツ……
……でもそう言えば、こいつってシャリの敵だったよね。ちょっと探りでも入れてみようかな。そしたらシャリの機嫌も直るかも知れないし――って言うのはムシが良すぎか。
あたしはリュウトウの机に手を掛けると、ニコリと笑って彼を見下ろした。
「ねーぇ。こんな朝っぱらから、何やってんの?」
「勉強だ。学生の本分は勉学に励むことだろう」
顔を上げもせずにリュウトウが答える。なんとまぁ。
「……ふーん。真面目だね」
「真面目の定義による。俺はそうは思わないが、お前がそう思うならお前にとってはそうなんだろう」
あたしは肩をすくめた。
「ワケ分かんない」
「そうか。残念だったな」
沈黙。
あー! 会話が続かない! 全く、何なのよコイツは……!
仕方なく、あたしはさらに顔を近づけた。
「……ねぇ、あたしメイって言うの。あなたはリュウトウだったわね。せっかく同じクラスになったんだし、よろしく」
リュウトウはそこで初めてペンを止めた。
「……よろしくやっている暇があるならいいが」
「は?」
リュウトウはふと顔を上げ、あたしの顔をまっすぐに見た。触れれば切れるほど鋭い瞳。
「早く決着がつけばそれに越したことはないからな」
「っ――!」
パン、と乾いた音が響く。
あたしは反射的にリュウトウの頬を打っていた。『負けるつもりはない』――リュウトウはあたしがシャリの手先であることを知った上で、そう宣言したに等しい。気づいた時にはもう、あたしの手は動いていた。
「あ……」
とんでもない事をしてしまった。穏便に済ますつもりだったのに……
自分の手を見下ろしていると、リュウトウがゆっくりとあたしに視線を向け、そして。
嘲笑った。