一時間目が終わり、あたしは少しだけほっと息を吐いた。現代文の田村はとにかく厳しくて、息をしているだけで注意されそうな気配が漂っているからだ。もちろん口に出して悪口なんか言ったら、どこで聞いているやら分からない。
あたしは心の中で思う存分悪態をついた後、何気なく周囲を見渡した。
――随分、少なくなっちゃって。
教室の中に人気はまばらだ。昨日もまた例の連続通り魔事件が発生し、しかも警察が見張っていたのにも関わらず何人もの犠牲者が出たと言うことで心配した保護者たちが子どもを休ませたんだろう。学級閉鎖にならないのが不思議なくらいだ。
何せ昨晩の事件は今朝のトップニュースになってた訳だし……
全国紙にもばっちり事件の事は載ってるわけで、最近この町は未だかつて無い勢いで注目されていた。朝だって、警察の人の代わりに記者っぽい人がうろうろしてたし。あたしとしては堂々とインタビューなり何なり答えてやりたかったが、それであんまり目だってもシャリに何か言われるかも知れないので避けて学校まで来た。
「メイちゃ〜ん」
無理して明るく繕ったような声で御羅田がひょっこり顔を出した。あたしはなんとなく苦笑いを浮かべながら、片手を上げて答える。
「どうしたの?」
「聞いた? この間できたケーキ屋さんね、今度ケーキバイキング始めるんだって。一時間千円で食べ放題! 行ってみない?」
「……そうだね」
あたしは答えたけど、声が沈むのはどうしても隠せない。御羅田の顔に浮かんでいた笑みがふっと消え、代わりに心配そうな顔が覗いた。
「ねぇ、メイちゃん……あの通り魔事件なんだけどさ……やっぱり、あれって……あの時襲って来た怪物がやってるのかな」
「……そうかも知れないね」
心臓が跳ねる。あたしはつとめて平静を装ったけど、敏感な御羅田はどうやら気づいたようだった。顔が曇る。
「メイちゃん、何か私に……隠し事、してない?」
「してないよ!」
怒鳴ってから、しまったと口を押さえる。間違っても、怒鳴るつもりなんて無かったのに――どうしてだろう? 御羅田の詮索が気に障ったのかな? ――ううん、違う。あたしはただ、御羅田のそういう態度が、そういう気遣いが鬱陶しかったのだ。あたしがどれだけ、どれだけ……
「ご、ごめん……」
御羅田が謝ると同時に、予鈴が鳴った。
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二時間目が始まった。教師の話を適当に聞き流しながら、何となく気になって御羅田の席をちらりと見る。
――さっきは、感情に任せてぞんざいに扱っちゃったな……
鈍く罪悪感がこみ上げた。
でもあたしが向けた視線の先に、御羅田は居なかった。
!?
あたしは目を疑う。
何で御羅田がいないのか、分からない。だってさっきまでは確かにいたのに――授業が始まるちょっと前には、おとなしく席で授業の準備をしていたはずだ。御羅田に限ってサボるなんてありえない。あの子は真面目なだけが取り得のようなものなのだし。
……悪い予感と共に、ぐるりとクラス内を見渡す。他にも何人か消えている奴がいた。シャリが席におらず、どこかをふらふらと出歩いているのはいつもの事として……苛めグループの女たちが消えている。まさか偶然とは思えない。まさか……
あたしは、ガタリと席を立った。
板書していた教師が振り返り、怪訝そうにこちらを見る。
「あの〜、ちょっと貧血気味なので保健室に行ってもいいですか?」
とりあえず下手に出て見た。壮年の英語教師は、目を細めてあたしを見た後、不機嫌そうに首肯する。別に怒ってるわけじゃなくて、この教師はいつもそうなのだ。
あたしはありがとうございますと頭を下げ、教室を出た。
途中でリュウトウと視線が合った。