化け物の体が巨大なダンプカーみたいに激突して来る。気がつくと天井が見えていた。息が詰まる――ズンと重いものがのしかかってきた。爪が服を引き裂いてあたしの皮膚に突き刺さる。低く呻いて顔を上げると、三つの頭が息も荒くあたしを見下ろしていた――
「め、……メイちゃん!」
高い声にはっとなる。これは――この黒犬は、ケルベロスじゃないか!! いつもあたしが使役している……
「やめっ……なんであたしを、」
あたしはケルベロスを押しのけようとした。いつもならこんな事しなくてもモンスターたちはあたしに攻撃を加えたりしない。あたしはモンスターに好かれる特異体質で――
それなのに、動いたあたしに反応したのか、ケルベロスが払いのけようとしたあたしの腕に噛み付いた。
え――!?
目の前で起きていることが分からなかった。何コレ? 何なのコレ――
じくじくと血が滲み出す。それに刺激され、あたしの口が開いた。
「イヤ――イヤアアアアアアァァァァァッ!!!」
意味のある言葉は出て来ない。牙があたしの腕に刺さっている。熱い犬の唾液があたしの頬にぽたぽたと落ちる。あたしは無我夢中で暴れた。離して離して、離して――!!
「ダメだ、動くな!」
リュウトウの声に、体が動かなくなる。リュウトウが異様なほどの速さで走り寄って来た。そして威嚇するケルベロスをものともせずあたしの腕に噛み付いた頭に手を掛けると、
「うおおおおおお!」
力任せに、こじ開けた――
ずぶずぶとあたしの腕から牙が抜けて行く。パールのそれとは違う、黄色く濁った牙が。血が溢れている。あたしは気が遠くなった。
「今だ、早く!」
あたしを振り向き、リュウトウが唾を飛ばして叫ぶ。あたしは我に返って、制服が引きちぎれるのも構わず腕を引き抜いた。そのまま後じさりして壁に背を付ける。ケルベロスは獲物を奪われた事に激怒し、憤怒の咆哮を上げながらリュウトウに襲い掛かった。
「リュウトウ君――っ!」
御羅田の悲鳴が上がる。リュウトウはしかし、何の躊躇もなく長い足でケルベロスの顎を蹴り飛ばした。
「ガァァッ」
今度はケルベロスの悲鳴が上がる。あたしはそれに何だか悲しい気持ちになった。いつものように心の中で呼び掛けて見る――
お願い、静まって――お願い!
けれどもケルベロスは床に爪を立てて苦しんだものの、まだ飛びかかって来ようとしている。あたしは目の前が真っ暗になった。
「今のうちだ! 廊下に出ろ! 閉じ込めるっ」
リュウトウが学校中に轟くような大声で叫んだ。あたしは再び見失っていた自分を取り戻し、唾を飲む。
――何が起きているのか分からないけれど……今はとにかく、逃げなくちゃ命がない。
あたしはそうと決まるや否や、呆然と突っ立っていた御羅田の手をすれ違いざまに掴んで出口へ走った。
「待って――メイちゃん待って!」
御羅田がいきなりあたしの腕を振り払う。あたしは突然のことにたたらを踏んで、御羅田を振り向いた。御羅田はなんと、蒼白になって震えている例の女生徒――牧瀬とか言った苛めッ子――の元に走っている。
「あの馬鹿――」
あたしも駆け出そうとしたけど、それより先に御羅田は牧瀬の腕を引いて走り出した。その横からケルベロスが咆哮を上げて飛びかかる。
「っ」
「シャナ!」
鋭い爪が御羅田を引き裂こうと迫った――その時、飛び出して来たリュウトウが無理やり机の淵に手を掛けて投げつけた。顔面に机の足が直撃し、怯んで態勢を崩すケルベロス。
「早く行けぇ!」
リュウトウの頬に汗が光っている。眼差しだけがぎらぎらと輝き、まるで――獣だった。
そんなリュウトウを見てどう思ったものか、御羅田は信頼のようなものを宿した瞳でリュウトウを見ると、コクンと頷く。
あたしはこっちまで走って来た御羅田を引っ張り、廊下に出るとリュウトウの方を振り向いた。
ケルベロスとにらみ合いながら、徐々にこちらへと移動するリュウトウ。あたしは目を細めた。
ここで始末出来れば、それが一番――
「リュウトウ君っ、早く!」
シャナが呼ぶと、リュウトウは常人離れした脚力で一気に廊下に飛び出した。その背後からケルベロスが跳躍する――迫って来る犬の鼻面を見て、あたしは咄嗟に扉に飛びつき、思い切り閉めた――間一髪、次の瞬間扉に重いもののぶつかる音がドォンと響いた。
「間一髪――だったわね?」
あたしは毒を含んだ笑みを、膝をついて肩で息をしているリュウトウに向ける。リュウトウは滴り落ちる汗も拭わずにあたしを一瞥し、やはり毒を含んだ笑みを返した。――ドサクサを狙ってたのはお互い様って事だろう。
やっぱりコイツ、嫌いだ。