COLORs(46)

 雪が降っていた。

 あたしはコートに包まれた自分の体を抱き締め、身震いする。
「あー、寒い……」
 朝の通学路、隣を歩く御羅田が小首を傾げてあたしを見る。
「大丈夫?」
「もう、大丈夫なんかじゃないよ! 今年って異様に冷えるよね。おっかしいなあ」
「……これも、近頃の事件の影響なのかな」
 言いながら、御羅田は寂しげに首を巡らせた。マフラーを巻いた首から、ちらりと白い肌があたしの方を向く。
 御羅田が顔を向けた先には、閑散とした通学路が広がっていた。歩く生徒の姿はまばらで、皆どこか怯えるように早足になっている。
 あたしは乾いた笑いをもらしながら、言った。

「どうだろね……」
「でも……また、最近犠牲者が増えているらしいし……」
 御羅田は心配そうにあたしを振り向くと、どこか必至に言い募った。
「……ねぇ、メイちゃん。あたし、この町を守りたいよ」
 そう言った御羅田の顔が、やけに心に残っている。御羅田をはっきり、攻撃すべき敵だと感じたのは、これが最初だった。

 ……それが、一週間前の話だ。



「……来月から、この学校は休校になります」

 担任の口からそんな言葉が出たのは、あの冬の道から一週間ほどした教室の中だった。あまりの寒さに、隅では赤々としたストーブが燃えている。ただでさえ一月上旬の寒さ。それに加えていつもより人もまばらだから、そうなるのは仕方がない。

 あたしは教師の言葉を考えるともなく、窓の外を見やりながらぼーっとしていた。

 この町は、孤立している。
 二週間ほど前のことだろうか。一度、あまりにも犠牲者が出すぎたために連日マスコミが押しかけ、あわや自衛隊出動になりかけたことがあった。もう、連続殺人なんてレベルじゃない。これはもう、なんらかの組織的なテロだと。
 でも緊張の面持ちでやって来た自衛隊は、この町に足を踏み入れることが出来なかった。とうとうこの町の人間は、生身の彼らを目にすることが出来なかった。

 その日から、この町は孤立している。不思議と誰一人として、出ることも入ることも叶わなくなったからだ。出ようとしても、いつの間にか元いた場所に戻っている。一定のラインから先に出ようとするとそんな感じになるので、今では誰も試そうとすらしなかった。多分、外からもそんな感じなのだろう。自衛隊の乗ったジープが町に入ろうとする映像のすぐ後、どこのテレビも映らなくなった。

 そんな極限の状態でも町が機能していたのは、ひとえに榊原家の力が大きい。
 榊原家の大旦那である榊原隆文が、町の人間にどんどん指示を出したり、自分の持ち工場から食料を提供したりしてなんとか混乱を収めようとしていたからだ。

 でも、それもさすがに限界がある。
 食べ物はどんどんなくなっていくし、人もどんどん減って行く。これ以上この状態が続けば、共同体は簡単に崩壊してしまう。今だって、"学校"と言う一つの組織に亀裂が入った。あたしのクラスは比較的出席率が良く、なぜか死亡者も少ないためかろうじて今まで学級閉鎖を免れていたが、他のクラスや大学の方は、もうとっくに機能しなくなっている。
 それでもぎりぎりまで休校を踏みとどまったのは、教師の意地……なのだろうか。あたしにはよく分からない。

 こんなことになって、この先、どうなるのか……
 これも、あたしには分からない。全ては……全ては彼の思う通りに進むだろう。 

 でも、この状態は長く続かない。
 それだけは分かる。張り詰めた糸が切れる時は、もうすぐそこに迫っている。


「……先生は……とても残念です」
 誰からも返事はない。半分ほどに減った教室の生徒たちは俯いているか、そうでなければ頭を抱えていた。あたしも、ただひたすら窓の外を眺めているだけだ。
 ……こんなことになったのは、あたしのせいでもある。……主犯は、もちろんシャリだ。でも、あたしは、あたしに責任がないなんて思わない。それは、シャリに全てを押し付けて自分は逃げる行為だ。それだけはしちゃいけない。したくない。

 決意を込めて、唇を噛んだ。

 その時、今まで俯いていた御羅田が、突然顔を上げた。潤んだ瞳でおずおずと辺りを見回す。
「あの……、どうにかならないんですか……? こんな状況だけど、でも、だからこそ学校はあった方が……」
「黙れよ! 皆死んじまうんだから、学校なんてあったって無くたって同じだろうが!」
 一人の柄の悪い男子生徒が叫んだ言葉に、あたしはきっとなってそちらを振り向いた。怒鳴りつけてやろうと口を開きかけて、気づく。
 少年の肩は小刻みに震え、顔は恐怖に歪んでいた。
 あたしは無残なその表情から目を逸らし、きつく目を閉じる。

 せめて、御羅田がまだ諦めていないのが、救いと言えば救いだった。

 /*■*■*/

 授業が全部終わると、ただでさえがらんとしていた教室から、さらに人が消えて行った。のろのろと帰り支度をしているのは、あたしぐらいのもので、他の連中はさっさと荷物をまとめて帰ろうとしている。皆表情が暗い。温かな夕日を顔に受けても、何かに怯えるようにコートを身にまとって出て行ってしまう。

 そんな様子を見ながら、のろのろと鞄にノートやペンケースを詰めて行く。すると御羅田が、早足にあたしの机に近寄って来た。

「一緒に帰ろう……?」
 言われて、あたしはまず最初に断りの言葉を思い浮かべる。あまり側には居たくなかったからだ。……でも、あたしにはシャリの命令がある。ちゃんと御羅田の側に居ないといけない。
 自分にそう言い聞かせ、無理やり微笑みを作った。
「いいよ。ちょっと待っててね」

 心持ち仕度の手を早める。ちらりと御羅田の顔を覗き見ると、彼女はあたしを待ちながら、首をめぐらせてリュウトウの机を眺めていた。リュウトウは、遅くも早くもない落ち着いた手つきで荷物をまとめ、コートを着込んで行く。全ての準備が終わると、静かに鞄を抱えて歩き出した。

 一瞬、御羅田と目が合ったようだ。
「あっ……」
 リュウトウは、声なんて掛けない。でも、御羅田に向けて少々微笑んだようだった。それから笑みを消し、あたしに意味ありげな視線を寄越す。

『これはお前のせいだぞ。全部分かっていてやってるのか?』

 そう言っているように見えた。もしも本当にそういう意味を込めているなら、余計なお世話だ。あたしは全部分かってる。
 分かった上で、シャリを選んだのだ。

 ……。

 あたしは結局リュウトウの視線に特に反応を返さず、御羅田の肩に手を置いた。

「ゴメン、仕度終わったよ。帰ろ」
 御羅田はうひゃあとか、うひょあとか、とにかくそんな感じの変な声を出して飛び上がった。顔を真っ赤にしてあたしを振り返り、何故かどもりながら頭を下げる。
「ごごごご、ごめんごめんねメイちゃん全然メイちゃんのこと忘れてたとかそんなんじゃなくてねだからその」
 ………………分かりやすい奴。

 あたしは内心ため息をつきながら、意地悪な顔を作って見せた。
「ひっどーい。好きな男が出来たとたん、友達のこと忘れちゃうなんて……」

 本当に酷いのは自分なくせに。

「ちちちちち、ちがうちがうちがうって何言ってんのメイちゃん!! 別に、私はリュウトウ君のことなんて別に……助けてもらったから、あれがちょっとそのカッコよかったかなぁなんて思ってたりするわけじゃなくて……」

「あたしよりリュウトウの方が好きなんでしょ……? ひどい、酷いわ。あんなに愛を語り合ったのに……」

 自分だって御羅田よりシャリを選んだくせに。 

「メイちゃん!!!」
「あはははは……!」

 あたしは今、自分がどんな顔をして笑っているのか、全然想像することが出来なかった。

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笑えるだけ、まだ良いでしょう。