夜は好きだ。
シャリと一緒に居るようになって、あたしの周りも随分鮮やかに見えるようになったけれども、それでもやはり世界が灰色だった頃の印象は消えない。だから、灰色だらけの昼間よりも、真っ黒に塗りつぶされた夜の方が、あたしにとっては落ち着く時間なのだ。
夜道の中を、一人、歩いていた。闇で塗りつぶしたような色のコートとGパンを履いて、ひたひたと歩いて行く。
十中八九、御羅田とリュウトウは夜な夜なモンスターを退治しようとしている。あたしはここ数日と言うもの、町に放つモンスターの数を増やして消耗戦を展開していた。戦い慣れていそうなリュウトウはともかくとして、素人のシャナが体力勝負で勝てるはずもない。だから、いずれ隙を見せて勝手にやられてくれる展開すら有り得ると考えていた。
ただ――
倒され消滅してしまうモンスターの数は減ったものの、二人を捕えたり、殺したりすることはまだ出来ていなかった。モンスターから聞いたところに寄ると、いつも惜しいところで逃げられてしまうらしい。
だから、今日はあたし自らが出ることにした。それに、まだ犯人があの二人である――と言う確証もない。ほとんど確定とはいえ、一応自分の目で確かめておきたかった。
――
びん、と体の芯が揺さぶられる。強い思念が一気にあたしの中へと流れ込む。
"居た。来た。殺す、殺す、殺す"
至近距離でないため、詳細な思念は飛んで来ない。でも、家の中で報告を待っている時よりはずっと近い。あたしはコートの裾をなびかせて、走り出した。
/*■*■*/
宵闇の中、リュウトウが真剣を振るう。闇を切り裂き、白刃が緑色の表皮を割り裂き、肉に食い込む。ぶしゅう、と音がして、血しぶきが舞った。それを追うように、御羅田が走る。体勢を低くした少女の手から、白い閃光が迸り、異形の体を貫いた。
桜吹雪のように、異形の血が舞う。人には想像も付かないほどの重さを持つであろう異形は、枯れ木のようにくるくるときりもみしながら倒れた。ずどォン、地面に沈み込むような音が響き渡る。路面を固めるアスファルトにヒビが入り、御羅田の足元まで亀裂が届いた。
御羅田が体勢を崩した、そのすぐ後だった。モンスターの――あたしの友達の――断末魔が思念となってあたしの脳髄を揺さぶる。
"苦しい、苦しい!! 死にたくない! 痛い痛い痛い――"
そして頭の中が真っ白になる。その先にあるのは、無だ。あたしの思考もそれに引きずり込まれ、一瞬頭の中が真っ白になる。
何であたしが死ななきゃいけないの!? 死にたくない、痛い、痛いよ――
思考が追随する。膝が崩れ落ちる。隠れていた物影から、体がはみ出る。
はっと気づいた時には、リュウトウらしき人影の顔がこちらを向いていた。もちろん、御羅田らしき影も、だ。
――!!
心臓が止まるかと思った。でも、思い直す。暗いし、あたしが隠れていた物影からあそこまでは距離がある。顔までは見えていないハズだ。
あたしはすぐに身を翻した。
「待って!!」
御羅田の声が追って来る。あたしはもちろん振り返ったりは出来ずに、だけど、反射的に足を止めた。……これぐらいなら、大丈夫だ。後ろ姿だし、暗いから、このぐらいならバレやしない……そう自分に言い聞かせる。
「あなたが、このモンスター達を操ってるの――!? 高宮君じゃないよね! どうして、どうしてこんなことするの!? 皆を苦しめて、何の意味があるのよ! ねぇ、答えて。答えてよ!!!」
目の前が真っ赤に燃えた。頭を強く殴られたような衝撃があたしの体全体を襲う。
――何の意味が――ですって?
お前が、それを言うのか。シャリの全てを奪って行った、お前が!? あたしの友達をたくさん殺した、お前が!!?
もうちょっとで、振り向きたくなる衝動を抑えた。あたしは拳を握り締める。爪が皮膚に食い込み、苦い痛みがこみ上げた。
何も知らないくせに、そんなこと言わないでよ!!
怒鳴りつけたい。怒鳴りつけて、この拳をあの女の顔にぶつけてやりたい。
衝動が理性を圧迫し、眩暈で目の前が真っ白になる。
――駄目だ、こらえろ。今、正体を明かす訳には行かないのだ。
後もうちょっとのところで、焼き切れそうな理性を繋ぎ止める。代わりに思いきり歯を食いしばり、声でばれないようにわざと声を低くして言った。
「決まってるだろう。お前が――お前たちが、憎くてたまらないからだ……!!」
「えっ……」
あたしはそれ以上は何も言わずに、駆け出した。途中で、あたしの思念に答えた大鷲型のモンスターに乗り移る。空を舞いながら、あたしは今にも零れ落ちそうな熱い雫をこらえていた。
ばかみたい。
あたしは、馬鹿だ。
今だって、あたしからバレなくても、リュウトウにバレてるのだから、御羅田にバレるのは時間の問題なのに。
胸が引き裂かれそうだった。御羅田――あの子が憎くてしょうがないのに、あの子を助けたくて、しょうがない。
あの子の前に行くと、上手く思考が出来ない。もしあたしが敵だと知ったら――あの子は、どうするのだろう。
……それでも、止まるわけには行かないのだ。
止まってしまったら、あたしはシャリを裏切ることになる。それだけは……
「できない」
漏れた声は、嗚咽をこらえて、ひどく鼻に掛かっていた。