COLORs(52)

 御羅田とリュウトウは、非日常的な体験を共有していると言うこともあるのか、学校でもよく一緒に居ることが多くなった。
 それに伴って、まぁ女友達と言う位置にいる、あたしと過ごす時間は少なくなって行く。別にそれは、構わないのだが、リュウトウの影響なのか、恋をした結果なのか、彼女は――御羅田紗那は、どんどん変わって行った。

 あたしは、教室中を見渡し、堂々と声を上げている御羅田を見つめた。顔を真っ赤にして、一生懸命話そうとしている。前の姿からは、考えられなかったことだ。

 昼休みが終わる頃になって、彼女はいきなり立ち上がった。そして、開口一番言ったのだった。
「ねぇ、皆、考えて見ようよ。私たちにも、きっと出来ることはあるはずだよ」
 ――一度目だったらまだしも、二度目となれば、誰も彼女の話を聞こうとはしなかった。彼女の弁舌に返って来たのは、陰鬱な沈黙のみであった。

  /*■*■*/

「へぇ」
 あたしの話を聞いて、シャリが返したのはその一言だけだった。テーブルの上に乗ったケーキにフォークを刺しては抜き刺しては抜きと遊びながら、こちらに視線を向けようともしない。
 当然な話、あたしはむっとした。

 シャリがあたしに無関心なのは悲しいことにいつものことだが、せっかくシャリのためにしたくもない御羅田の話をしてあげたのだから、もうちょっと興味を示してくれてもいいと思う。せっかくの努力を無碍にされたようで、納得行かない。

 ここは、榊原家の応接間だった。どうせあたしとシャリの二人しかいないのだから、と、最近ではここで仕事の報告をしている。本来なら、そう言った連絡はブレーズにやらせるのだけれども、こんなに近くにいるのにわざわざブレーズを通すのもばかばかしい。そう思ってあたしが勝手にシャリを呼び出し、こうして報告するようになったのだが、シャリは意味ありげにあたしを見ただけで、あまり文句は言わなかった。

 多分、もう関係を隠しておく意味がなくなりつつあるのだろう。

 シャリは勝手に怒っているあたしを見て、小さく笑い声を漏らした。ケーキを弄ぶ手を止めて、底のない瞳をあたしに向ける。

「それで、メイはどう思ったんだい?」 
「あたしは別に――
 顔を歪め、顔を背ける。本音を言えば、――ほんの少しだけ哀れで、ほんの少しだけ気味が良かった。どちらの感想を持った自分も、好きになれない。

 本音を言えば、シャリが何か別な話題を提供してくれればありがたかったのだが、彼はそんなに甘くはない。あたしが逃げたいと分かっていて、逃がしてはくれない。あたしが話すのを、待っている。

「……、あの子の馬鹿さ加減には同情してる。こんな、皆が絶望してる状況で協力者なんて出るはずないのに」
 吐き捨てるように言うと、意外にも鋭い語気で返事が返って来た。
「それはどうかな?」
 シャリには似つかわしくない、切りつけるような声音だった。思わず硬直するあたしの前で、シャリはフォークをぷらぷらと揺らして見せる。目は存外に険しい。

 それからゆっくりと浮かんだ笑みは、ぞっとするほど凄絶だった。
「無限のソウルは、皆の人気者だからね。どうなるか分からないよ?」

 ……また、無限のソウルか。
 あたしは苦虫を噛み潰したような気分になった。
 どこまで行っても、それが邪魔をしてくるような気がする。

「じゃあ、それとなくシャナの邪魔をしようか?」
「いや、放っておいていいよ」

 シャリは言い捨て、もうこの話はこれで終わりだと宣言するかのようにぐっと伸びとした。気持ち良さそうにあくびを漏らし、ソファに横たわる。
 結局、ケーキには口を付けていない。高そうなお皿の上には、かつてケーキだったもの(の残骸)が乗っているだけだ。

 あたしは頭痛のする頭を押さえた。

「……あたし、一度帰って勉強でもするわ……」
 決して勉強が好きな訳ではないが、ここでシャリに翻弄されているよりマシだろう。腰を浮かせかけ――

「メイ」

 感情のこもらない声に、あたしは動きを止める。

「明日は僕も学校に行くから」

――……分かった」

 あたしは一つ頷くと、気を引き締めた。
 シャリは、憂うような、迷うような、そんな彼らしくない表情であたしを見ていた。

前へ  /  目次へ /  次へ






※一瞬、フォークはシャリをぷらぷらとゆらし……と書きそうになってしまいました。