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COLORs(58)

 事前に何らかの訓練でもして来たのか(訓練と言うより練習レベルだろうけど)、彼らは一体のモンスターに対して包囲するように固まって立ち向かった。

 あたしの前方、フェンスにほど近いところに固まった数人を目指し、頭はライオン、尾は蛇のモンスターが突っ込んだ。蹴散らすように爪を振り上げて迫るモンスターの姿に、あわを食って飛びのく少年少女たち。コンクリの地面が抉れ砕け散り、破片が飛んだ。モンスターはその場で劈くような咆哮を上げる。

 びりびりと空気が震える。取り囲んだ数人が、ひっと息を呑んだ。
 そのほとんどは及び腰で、初めてまともに目にするモンスターの姿に怯え、竦んでいる。そんな彼らを一喝するように、リュウトウが走り、猛然と声を上げて切りかかった。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
 刃が光り、モンスターの尾に食い込む。リュウトウの腕の筋肉がしなり、切り飛ばされた尾が背後のフェンスにぶつかって大きな音をたてた。

「つ――続け!」
 尾を切り落とされたモンスターがのたうち回る。その姿に意気を強めた生徒達が、一斉に飛び掛った。

 あたしは彼らがモンスターに集中した瞬間、守らせるため側に残していたネイビーに思念を飛ばす。

"背後を襲え!"

 ネイビーがキュルルルルと一声吼えるなり飛び上がった。巨大な翼が唸り、旋風を巻き起こす。その時、必死で戦っているクラスメイトの背と旋風との間に、さっと人影が割って入る。通常の人間に耐えられるはずもないその衝撃を手の平をかざすだけで受け止めたのはシャナだった。

「く――……うぅ!」
 苦しげに呻き、シャナはその場に踏みとどまる。がくんと膝が折れ、倒れ込んだ。

「またお前か――またあんたがあたしの邪魔をする!!」
 マグマのように煮えたぎった怒りが、あたしの口から怒声となって迸る――それと同時に、黒い影があたしの視界を横切った。がっくりと肩を落としたシャナの身に、影から吐き出された轟炎が迫る。
 シャナはハッとして顔を上げ反射的に避けようと身をよじったが、その程度で炎から身を守れるはずもない。シャナの歪んだ顔が、灼熱の業火に覆い隠された。

 ブラックだった。怒りに瞳をぎらつかせたブラックが、炎を浴びせかけたのだ。

"殺してやる!"

 押し殺したうめき声のように、ブラックの思念が流れ込んで来る。その声に言葉を発するよりも早く、炎が続かなくなったブラックが口を閉じ、苛立たしげにドスンと尾を地面に叩きつけた。
 でも、あれだけの炎で焼かれればシャナはひとたまりも無いだろう。そう期待を込めて移した視線が捉えたのは、シャナが脂汗をかきながら右手を突き出し、何か光り輝く薄い膜のようなものに包まれている姿だった。疲労に耐えかね、がっくりと腕が垂れた瞬間、その膜もかき消える。
 膜に守られていたシャナには、疲労の色こそ濃いものの、傷一つなかった。

 怒りの咆哮が響き渡る。獲物を仕留めそこねた怒りを含んだ声に、敵も味方も一瞬動きが止まった。咆哮と同時にブラックが飛び立ち、シャナをその爪で引き裂こうと迫る。だがその前に、リュウトウが滑り込む。振り上げた刀と爪とが交錯し、ガキンと甲高い音を漏らした。

「ヨウジ!!」
 シャナの手から閃光がのびる。それがブラックの表皮に食い込む寸前、ブラックは身を捻って退いた。がきんと牙を噛み合わせ、悔しげに唸りを上げる。


 他の場所でも戦いが始まっていた。唸りを上げ、咆哮し、人間たちを引き裂こうとするモンスターたち。それを押し止め、あたしの元まで――正確にはあたしの後ろにある扉へ――踏み込もうとしてくる生徒たち。ともすれば崩れそうになる素人たちを、リュウトウが鼓舞し、統制を持って戦えるよう細かく指示を飛ばしている。
「佐竹、竜崎の後ろに回れ! そっちのサイクロプスは俺が斬る、勅使河原を止めろ!」

――させるか!」
 あたしも負けじと叫びを上げ、思念を飛ばした。それに答え、巨大な芋虫の形をしたワームが進路を変え佐竹達に襲いかかる。あたしはその隙にブラックに指示してリュウトウに向け炎を吐かせた。業火に怯んだ生徒たちが身を引く中、リュウトウは対応しきれずまともに炎を浴びせかけられる。

「ヨウジ!」
「終わりよ」
 膝をついたリュウトウに向けて、あたしは一斉に攻撃の指令を出した。リュウトウがもがくが、もう――

 その時突然、あたしの目の前で何かが爆発した。
「!?」
 押し上げる熱気に、小さく悲鳴を上げて身を引く。もうもうと上がった煙を吸い込んでしまい、咳がこみ上げる。あたしの身を心配したモンスター達が動きを止め、戸惑うように振り返るのが分かった。

『メイ! シャリが――
 シャリと聞いて顔を上げると、ブレーズが泡を飛ばして喋っている。
『シャリの様子がおかしい。さっきから連絡が取れない。何かあったのかも知れねェ』
「何ですって?」
 さっと血の毛が引くのが分かった。あたしはブレーズの首根っこを掴み、息も忘れてまくしたてる。
「何かって何よ。いい加減なこと言ってると承知しないわよ」
『ほ、本来ならもうこの場に現れてもいい頃なんだよ。だから変に思ってコンタクトを取ろうとしても返答がない』
「そんな……――っ!?」

 戦況を思い出し、はっと視線を戻せば、間一髪滑り込んだシャナがリュウトウに肩を貸し、その場から退避させているところだった。あたしは小さく舌打し、苛々と爪を噛んだ。
 シャリに何かあったかも――なんて。シャリはちょっとやそっとじゃ死にそうにもないけど、でも不意を突かれたら? ……それに、この間シャリを襲っていたあの黒い獣たち。
 何か気になった。でも……

「ここを離れるわけには……」
 今ここを離れれば、戦力差で負けてしまう可能性がある。あたしの指令があるから今はこちらが押しているけど、指示をしなければチームワークをフルに使って来るあちらに勝機が渡ってしまうかも知れない。

『……行きたいのか?』
 ブレーズが含みのある視線をあたしに寄越す。何を今更、と言う目で答えると、ブレーズは皮肉気に鼻で笑った。
『お前がエルファスについたと思った時は、それほどシャリにも執着してないのかと思ったんだがな』
「そんなワケないでしょ? あたしはシャリが――
 そうだ、シャリが居なくちゃここで頑張ってる意味なんてない。やっぱりここを放り出してでも、行くか?
 …………でも……

 俯いたあたしを見下ろし、ブレーズは口角を上げた。
『行けよ』
「そうするワケに行かないから困ってるんでしょ!?」
 苛立ちに任せて怒鳴りつける。ブレーズはやれやれと、肩をすくめるような仕草をした。
『心配すんな。お前が帰って来るまで持たせてやるよ』
「え――

 瞬間、ブレーズの体が眩い閃光に包まれる。思わずよろけたあたしの目の前で、その光がどんどん大きくなって行った。荷物大、人間大、建物大、そして最後には一軒家ほどにも巨大化し、ようやく光が収まって行く。屋上のスペースを大幅に奪ったその姿は、まるで伝説に出てくる偉大なドラゴンだった。飛行機の羽ほどにもある翼が軽く羽ばたいただけで、軽いモンスターや女の子たちがまろび転ぶ。

 あたしは唖然としてその様を見ていた。

 ブレーズ――? これが――

『これで貸し一つだな』
 さっきまでとは比べ物にならない、山をも震わせるようなテレパシーがあたしの胸を揺さぶる。あたしは呆然とその顎を見上げ、大きくなり過ぎているせいで判別し辛かったその顔が、間違いなくブレーズのものであると悟ると、ぺたんと尻餅をついた。

「……っ信じられない」

 ブレーズは答えの代わりに、大きく咆哮を上げた。びりびりと響き渡り、町そのものを飲み込み兼ねないようなその声に、モンスター、人の区別なく後じさりする。

「俺が――行く!」
 さすがに顔を険しくしたリュウトウが歩み出た。その刀を握る手が、わずかに震えている。王者のみの持ちうる見下した視線でそれを見たブレーズが、フンと鼻で笑った。へたり込んでいるあたしを振り返る。

『俺は、シャリには伝令以外の力を貸さんつもりだったんだ。今から戦うのは、完全にお前のためなんだからな――さっさと行けよ。せっかくの俺様の厚意を無駄にする気か?』
「う――、うん」
 あたしはまだへろへろながらも、立ち上がった。雨で濡れそぼった髪がべったりと顔に張り付き、気持ちが悪い。

 ネイビーが自分の背に乗れ、と促すように一声高く鳴く。あたしはそのふっさりした羽に手をのばしながら、一度だけ振り向いた。

 突然の援軍に、戦場は混乱を極めていた――

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※戦闘描写は……