その剣に花束を


7-1 離れて




 風が流れていた。荒涼として起伏の激しい岩場に、十人もの騎士たちが立っていた。身を覆う銀の鎧が薄明を受けて、殺気だった光を放っている。
 抜き放たれた剣が、鎧よりもなお生々しく光る。
 そしてその胸には紋章が描かれていた。アリエーフにとって戦慄でしかない、その図形。
 神聖騎士団。王の命令と、騎士の戒律のみに従う王直属の戦闘集団である。幼い頃から苛烈な修行を重ね、仲間の死体を踏み越えてここに立っている彼等に、敵う者など存在しない。
 アリエーフは口をわななかせた。何か言わなければ――それよりも、もっとやるべきことがあるはず。そう思うのに、舌がもつれて言葉にならない。
「アハハッ……
 視線がシャリに集まった。彼は大儀そうに帽子を取って髪をかきあげると、鮮やかな微笑みを浮かべた。その場の誰もが、その笑顔に魅せられたように動けない。
「騎士様も大変だね? こんなところまで、わがままな王様に従ってきたんでしょ?」
 アリエーフの眼前に立った男は、苛立つ風もなく言葉を返す。
「いくら王を侮辱しようとも、決定は揺るがぬ。隙も見せぬ。それが我等の務めなれば」
 彼女は言葉もなく、男を見上げた。兜に隠された顔は見えない。
 手のひらが汗ばむ。だけど、と緊張の中でもアリエーフは思った。
(だけど殺されるわけには、いかないよ。死ぬわけに行かないもん……絶対に、逃げ切ってみせるんだから)
 シャリが明るい笑い声を上げた。
「ねぇ、だったらさ、早く始めようよ」
 彼はそう言って、中空に手をのばした。すると何もないはずの空間に、裂け目のような断裂が生じる。彼がそこに手を突っ込んで、見せつけるように引き抜く。手のひらには剣の柄がしっかりと握られていた。
 アリエーフはずるずると引き出される剣を目にして、ひゅっと息をのんだ。
(シャリ……あなたはいったい、何者なの?)
 彼女の疑問も何も置き去りにして、シャリはいつものように笑った。
「知ってるよ。殺し合いが好きなんでしょ? 君達は」
 アリエーフはその言葉で我に返ると、目を閉じてゆっくりと意識の奥に魔力をのばした。
……演じるのは私の魂。つかさどるのは炎熱のしるべ。精霊よ、私に力を)
 体の隅々までを魔力が覆う。
 ちょうどその瞬間、一斉に騎士達が動いた。
 アリエーフは手の平をかざした。魔力の収束。剣が頭の上に振り下ろされようという、まさにその瞬間、辺りの地面から真っ赤な炎が生まれ、極大な炎の塊と化して騎士達に襲いかかった。
 だが、王の僕たちは鎧の重さなどまるで苦にもせず、俊敏な動きで地面を蹴って逃れる。アリエーフは大きく息を吸うと、炎の中に飛び込んで次の魔法に意識を高めようとする。
「アリエーフ……!」
 初めて聞く、焦ったようなシャリの声にも、アリエーフは絶対に止まりたくなかった。
(足手まといになりたくない。もうかばわれたりは嫌)
 彼女はそれだけを思って、戦いの中に身を躍らせた。



 
 
 体が熱い。魔力の残滓が完全には消えず、体内で滞っている。
 執拗に魔法を連発したせいで、体中の神経が焼き切れそうだった。すでに足がおもちゃのように震え、熱い呼気が喉を焼く。
 彼女がいるのは、切り立った崖の上だった。気を抜けば、流されてしまいそうなほど強い風が吹き、目の前には三人の騎士が立っている。すぐ側に仲間の死体が転がっていても、その構えには全く隙がない。怒気さえ感じられない。
 アリエーフは自分の体を強く抱き締めて、爪を立てた。
(このままじゃ……
 ザッと、中央の騎士が距離を詰める。
 アリエーフは焦燥に身をよじり、魔力を集中させようとした。そのとたん、体を貫かれるような痛みが走る。
「っう……
 彼等はその隙を見逃さなかった。目の前の騎士が風をうならせ剣を振り上げるのを見て、アリエーフは目を見開く。
――死ぬの? こんなところで)
 時間の感覚が根こそぎ奪われたようだった。何もかもが止まって見える。
(私、死ぬ?)
 アリエーフはその瞬間、自分の中に瞋恚の炎がぎらつくのを感じた。
(やだよ、そんなの……死ねない。たどりつくんだ、絶対に!)
 彼女はただその思いだけを信じて、体から力を抜いた。後ろに向かって倒れる――、崖の下へ向かって。
 次の瞬間、アリエーフは体がばらばらになりそうな落下感に、意識を手放した。
 だからその直後に、シャリがその場に現れて、アリエーフに手をのばそうとしたことも知らなかった。



■□■□■□■□


 ナルドとペネロペは、たまの休みを利用して、森まで散策に来ていた。その森は高い崖の下にあって、いつ来ても美しい花々が咲き誇っている。
 ペネロペは村でも一番と言われるほどの器量良しで、ナルドはその夫だった。二人とも昨年結婚したばかりの若者である。
 川沿いに歩いて仲むつまじく話していた二人は、不安そうな顔で立ち止まった。
「僕の後ろに隠れて! 何か変だ」
 ペネロペがさっと顔色を変えて、辺りを見回す。
「ナルド……いったい、何だっていうの?」
 その問いに答えるように、茂みから一匹の獣が姿を現した。狒々に似ているが、明らかに違う。ナルドは一度だけ見た事があった。……この辺りを根城にし、時折村まで襲撃に来るモンスターだった。



■□■□■□■□



 彼女は、薄く目を開いた。息が出来ない。視界がかすむ……
 発作のように咳がこみ上げる。彼女は怯える獣のようにゆっくりと体を起こして、辺りを見回した。
 森……森だった。草木が繁茂して、青々とした匂いがここまで届く。見覚えはない。空を見上げると、太陽は半ばまで昇っていた。
「ここはどこなんだろう…………私、どうしてこんなところにいるの?」
 彼女は、自分が目を閉じる前に何をしていたのか、思い出そうとした。
 こめかみに刃を差し込まれたような痛みがはじける。
「いたっ……
 彼女は髪の毛に指を突っ込んで、目をぎゅっと閉じた。
(私……私は……
 愕然となる。頭が真っ白になった。
「私は、誰?」
 木の葉の掠れる、かすかな音だけが返ってくる。
 彼女は夢遊病者のようによろめきながら、立ち上がった。
「名前は……? 家は……? 嘘、嘘……
 鼓動が胸を揺らす。彼女は肩で息をしながら、今にも倒れそうな足取りで走った。
 視界がぶれる。今にも意識が飛びそうになる。それでも彼女は走った。走ることしかできないから、走った。
 やがてそれも出来なくなると、倒れそうになって樹皮に手をかける。一度膝を折ってしまうと、もう立ち上がれないのではと思うほど体中が重かった。
「はぁっ、はぁ……
 そのまま、樹木にもたれてずるずると座り込む。胸の辺りをぐるぐると不快感がめぐる。
(私は、誰なの? 私は……
 その時、木立の間から何かの声がした。
……、人?)
 彼女は一筋の希望を胸に抱いて、顔を上げた。何かの声がする……それは確かだ。それが人かどうかは分からない。
 ほとんど樹皮に爪を立てて、彼女は体を引きずり上げる。喉を鳴らして、歩き出す。
 やがて見えてきた。人。二人の人間が立っている。
 胸に安堵がこみ上げた。
「あの――
 茂みを揺らして口の端を緩め、近づこうとする。
「っ! ……こっちに来ちゃいけない!」
 その音で、左側に立った若い男が手をのばして叫んだ。
 声に驚くより先に、彼女は足を止めていた。止めざるを得なかったと言っていい。
 目の前に、巨大な狒々のようなものが牙を何度もカチカチと鳴らして、見下ろしている。アリエーフに影をかぶせたその狒々は、ゆっくりと爪を振り上げた。
「あ、ああ……
 彼女はなす術もなく、ぺたんと尻を地面につける。彼女には、首を振りつつ後ろに下がろうとすることしかできなかった。
 彼女は化物から目を離せないまま、かばうように腕を持ち上げた。無論そんな程度で、狒々が止まろうはずもなく――
 頭のてっぺんから、何かが突きぬけたような気がした。呼吸が止まる。思考が白紙に戻る。
(思考。思考は火、火は燃え滾る炎。私自身の魂より出でて、あらぶる心を糧とする……
 未知のものが体を駆け抜けた。指の先から足のつま先までを、何か鋭いものに包まれるような気がする。突き出した手から、炎がほとばしった。物凄い速さで狒々の真っ黒な目に炎がぶつかる。狒々が体を反らして、目元をかきむしった。
(何……何が起きたの?)
 化物は、地面をのた打ち回った。体のあちこちを木々にぶつけ、ようやく動かなくなる。気絶しているようだった。
……わ、私……
 彼女は初めて見るもののように、自分の手のひらを見た。何の仕掛けもない、普通の手……
 しかし彼女は、意識の、いや心のもっと根深い場所で悟った。
(これは、魔法だ――
「ありがとうございます!」
 突然、その手を取られる。
 彼女は驚嘆のあまり、その手を振り払った。
 明るいブルーの目をした青年の顔が曇る。いつの間にか、駆け寄ってきたらしい。
 彼女は、相手をする気にもなれずに視線を木立の奥に向けた。
「すみません……ナルド、相手は女の方なのよ?」
「あ、ごめんペネロペ……
 ナルド、と呼ばれた村人風の青年は、頭を掻いた。栗色の髪で、シャツの上に赤いベストを着込んでいる。おっとりとした、優しそうな青年だった。
 もう一人の、ペネロペと呼ばれた方は「もうっ」としょうがなさそうに微笑を浮かべる。金色の巻き毛を長くのばし、カチューシャで留めている。青いワンピースがよく映えた。とてもきれいな顔をしている。きれいな……きれいな顔?
 息の詰まるような痛みがこめかみに走る。彼女は気がつくと膝をついて、――そのままぐらりと倒れ込んだ。



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 倒れた金髪の少女を見て、若夫婦は慌てて彼女を支えようとした。
「だ、大丈夫?」
 ペネロペが彼女を抱えて、白い額に手を触れる。
……熱は、ないみたいだけど……こんなにやつれて、幽霊のように青い顔をしているわ」
 絶対の信頼を寄せる目で、若い妻は夫――ナルドを見上げる。
 ナルドはそれを受けて柔和で、理知的な光を瞳に宿した。
「魔力を使い果たしたのかも知れない……魔導師には、そういうことがあるらしいから」
 ペネロペがさらに、問うような視線を投げる。ナルドは分かっているという風に力強く頷いた。
「村まで運ぼう。僕達の、命の恩人なんだ……放ってはおけないよ」
 ペネロペは今にも死ぬのではないかと疑っているような顔で、少女の頬に手を触れた。
「でも、なんて……なんて悲しそうな顔をしているのかしら。まるで、大事な物全てを失ってしまったようね」


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 気がつくと、彼女は真っ暗闇の中に立っていた。進めども進めども、一向に光が見えない。時折瞬く光も、すぐに消えてしまい、彼女の手には掴めない。そして怨嗟に追われていた。真っ暗な、何よりも暗いものが追いかけてくる。追いたてられて走っているうちに、彼女は光の中へと飛び出し、――

「っ……!」
 彼女はさっと身を起こした。胸までかかっていた白い布が落ちる。
 ほとんど鷲づかみにするように胸を押さえて、周囲に視線を飛ばす。
 手狭な部屋だった。木造家屋の一室らしい。窓から月明かりが差し込んでいる。火照った体に冷たい風が心地よかったので、彼女はすっと目を閉じた。
 とその時、急に扉が開いた。一気に記憶がよみがえる……とは言っても、彼女に思い出せるのは狒々を気絶させたところまでだったが。
「あっ!」
 ほっそりとした巻き毛の美人が、腕に抱えた布のようなものを取り落とした。大きな目がますます大きくなる。
(この人……確か、ぺ、ぺ――
「あ、私ペネロペと言います」
 記憶を探ろうとして眉間に力を入れていると、慌てたように彼女――ペネロペは手を上げた。
 彼女は、その様子に何か微笑ましいものを感じて表情を柔らかくする。
……あの、私、」
「助けてくださって、ありがとうございました」
 ペネロペはそう言って、嬉しそうに目を細めた。
「もしあなたが来てくださらなかったら、私たち、どうなってたか分かりません」
 何か言わなければと思うが、彼女のあまりに嬉しそうな様子に口を挟めない。胸に罪悪感めいたものが沸き上がる。
 ペネロペはパン、と手を打ち合わせた。
「着替えも用意してみました。私はナルド――主人を呼んで来ますから、着替えて待っていてくださいね」
「あの、私――
「遠慮しないでください。命の恩人なんですから」
 ペネロペは落とした布……服の埃を払って、一方的に彼女に押し付けると、戸口から出て行った。足取りは浮ついたように軽く、鼻歌まで聞こえてきそうだった。
……人の話、聞いてくれない人なんだね」
 彼女は少し、ため息をついて微笑んだ。
――なら、私の話、遮ったりしないのに)
 彼女はふと思考に上ったその思いに、再び息を荒くした。が、直感めいたそれは彼女が像を掴む前に、霧散してしまう。
 彼女はずきりと胸が痛んで、押さえた。




「記憶喪失!?」
 今までの経緯を話して聞かせると、ナルドとか言う、この家の主人は目を大きく開いた。
「じゃ、じゃあ、自分の名前も何も、分からないんだね?」
「はい……
 彼女は悄然と答える。何かとても申し訳ないことをしているような気分になった。
「家も、家族のことも思い出せないの?」
「はい……
 ペネロペが口元を押さえ、「まぁ!」と小さく言う。
 ますます彼女は小さくなった。
「それは、心細いでしょうに……ねぇナルド、どうにかならないの?」
「そうは言ってもペネロペ、こればっかりは……
 二人は途方に暮れたように、視線を交わす。
 彼女はそれを見て、ベッドから立ち上がろうとした。
「あの、私、もう行きます」
「行くって、どこへ!?」
 ナルドが手をのばして、彼女の肩に触れる。
 彼女はびくっと震えた。
「記憶がないんじゃ、その辺りで野垂れ死ぬのが落ちだよ」
「そうよ。何も、そんなに急がなくったって」
 首肯はできない。
 彼女は耐えるように目をつむった。
「でも、迷惑だし」
「君、まだ十四、五歳だろう? そんな子を、放り出したりできないよ」
 ナルドはそう主張するが、彼女は胸の痛みに耐えながら首を振る。
「でも、」
「ここに、おいてあげるわ!」
 ペネロペが名案を思いついたように笑顔を浮かべ、手を胸の前で重ねた。
「ねぇ、ナルド、いいでしょう?」
 ナルドは「ペネロペ」と小さくつぶやいて、妻の意志を確認するように強い視線を向けた。
 ペネロペは頷く。
「お金なら、大丈夫。私も、明日から働くんだし」
「ただでご厄介になるわけには……
 彼女が言い差そうとすると、待ったを掛けるようにナルドが手を突き出した。
「駄目だ、君は命の恩人だ。僕達が責任を持って、記憶が戻るまで居てもらう」
「そうよ。それに、そんなに気になるのなら、私が仕事に出ている間、家事をやってちょうだい。ね、それならいいでしょう? ベルル」
「ベルル……?」
 彼女が不安に聞き返すと、ペネロペは見るだけで周囲が明るくなるような笑みを浮かべると、頷いた。
「そう、あなたの仮の名前。だって、名前がなかったら、不便でしょう?」
「ベルル……
 彼女は口の中で繰り返した。……なぜか胸にぽっかりと、穴が開いたような気がした。





 ベルル……と呼ばれるようになった金髪の少女は、台所で夕餉の――鍋の中身をかき混ぜながら、上の空で宙を見つめていた。村娘風のスカートとシャツを着ている。
 毎晩のように夢を見る。懐かしいと思える夢もあれば、恐怖だけが残る夢も。でも、それらの全てに悲哀が伴う。まるで、遠い場所にいる友人を見るような気分だった。
 そして、夢の内容は、目覚めた時にはもう忘れている。ただ気持ちだけが残る。
 あの夢が何なのか。彼女の過去がいかなるものなのか、ベルルには知る術すらなかった。ただ強烈に感じるのは、自分がここに居てはいけないということ――どこか、行かなければならないところがあったのだということだけ。
 考えていても埒が明かない。……鍋に視線を戻すと、中身が真っ黒に焦げていた。

「ごめんなさい……
 帰ってきた二人の前に黒焦げの煮物を出すと、さすがに一瞬、二人とも悪の大魔王を目にしたような顔で料理を見つめた。だがすぐに二人で目配せして、全てを許すような微笑みを浮かべる。
「いいよ。別に。ホラ、腹に入れば皆同じ……ってね」
「さ、早く食べましょう。せっかくの料理が、冷めてしまうわ」
 ベルルもスプーンを取って、黒焦げの野菜に突き刺した。ぱりぱりと黒い表面が落ちる。三人は同じテーブルについて、無言でそれを口に運んだ。
 ……………………舌の上に何とも言えない味が広がる。舌から頭までを、不愉快な感触が通り抜けていく。
 ベルルは冗談抜きで目の前が白くなるのを感じた。
 たまに成功した時は、ものすごく美味しかったりするのだが、失敗するとなるとこれが極端なほどに――マズイのだ。ベルルの料理は(しかも失敗する確率の方が高い)。
 少女は、そろそろとスプーンを置いた。膝の上で両手を重ね、憮然と目を閉じる。
「ごめん」
「気にしないで。明日はきっと美味しくできるわよ」
 ペネロペが、妙にテンションの高い声でフォローする。
 薄っすら目を開けてみると、彼女の目は半ば裏返って半死半生の有様だった。
「ハハハハハ……ハハハハッハハ……
 ナルドに至っては、すでに完全に白目を剥いている。
 ベルルは不意に頭痛を感じて額を押さえた。
「結局あれ以来、魔法も使えないし、一週間も経つのに全然、記憶も戻らないし、私って本当にダメだね。……ごめんなさい」
 ナルドがふっと真っ直ぐに、ベルルの目を射抜く。
「まだ、全然思い出さない?」
「ナルド、そんなこと言ったら――
「いや、これは必要なことなんだ」
 ナルドはペネロペを黙らせ、改めてベルルを見た。
 ベルルは目を逸らしかけ、逃げてはいけないと思い直す。
……うん、何か、忘れちゃ、いけない人を……忘れてるような気がするんだけど」
 言いながら、彼女の胸にかすかな痛みが走る。
「とても、大事な……大切な、人を……それに、行かなきゃいけないって思うの」
「どこへ?」
 ペネロペが不安そうに身じろぎする。
 ベルルは彼女に向かってふわりと微笑んだ。彼女が消えるのを惜しんでくれているのだと思う。
「ううん、分かんないの。ただ、行かなきゃって思うだけで……後は全然」
「それは、大きな進歩だと思うよ。喜ばしい――
 ナルドがはしゃいだ声で分析しようとしたその時、何の前触れもなく、入り口の扉が開いた。
 転げるように駆け込んで来たのは、村で猟師を営む男。彼は三人が驚いて身動きすらできずに見守る中、全力疾走した直後のように肩で息をして、外を指差した。
「た、大変だ――騎士が、騎士様が」
 その瞳にははっきりと恐怖が浮かんでいる。
 それを見たペネロペがさっと立ち上がって台所に消えた。気付け薬でも持ってくるつもりなのだ。
「神聖騎士団の騎士様が、アンタを渡せって村長を脅してる――
 ベルルはそれを聞くなり、立ちすくんだ。……そしてナルドが止めるのも聞かず、飛び出して行った。



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 えー……
 色々悔しくて、描写に力を入れたらこうなってしまいました(爆)

 ※こちらの背景画像は、
NANOMEMOの珠越さまよりいただきました。謝々!