トカゲと伯爵と虚無の子と  ザ・さーどまん<第三の男>


 これさえ、外してしまえば……
 でも、本当に死んだら、シャリとの約束はどうなるの?
 シャロンはハタと思い至り、外しかけたネックレスから手を離した。
 でも、これが本物とは限らないし……
 シャロンは眉間に力を入れて、息を止めた。やはり外してみるしかない。ゆっくりと、ネックレスを持ち上げ――
「やめといた方がいいんじゃない?」
 シャロンは目を見開いた。そして呼吸ごと心臓も止まったのかと錯覚する。
 自分のネックレスにかかった手が、白く華奢な手に掴まれていた。その力は意外と強く、シャロンはごくりと唾を飲んでおそるおそる呼吸を再開した。
 目を上げる。
 懐かしい少年が立っていた。
「シャリ……?」
「見て分からないの? 僕がカルラにでも見える? クスッ。ホント、しばらく会わない間に、きてるみたいだね、シャロン」
 シャリは昔の敵である。というか、現在進行形で敵である。のにも関わらず、シャロンの胸はその顔を見て安堵で一杯になった。体中が温かくなり、ようやく一人ではなくなった気がした。
 思わず涙がこみ上げる。
 神を倒した後……、砂虫の残骸の奥で一戦やらかして以来だった。
 シャロンは安堵のあまり気がつくと、ふらりと自分よりもわずかに小柄な影に抱きついていた。相変わらず氷のように冷たかったが、そんなことはどうでもいい。
「シャリ……」
「あーあ。泣いちゃったよ……あーよしよし」
 背中をポンポンと叩かれる。
 シャロンはその時、はっと我に返った。
 な、なにを……!? 私は一体、何を――!?
 答え:シャリに抱きついて泣いてます。
 シャロンはさっと自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「っ、……!」
 そしてシャリを慌てて突き飛ばすと、立ち上がって出来うる限り距離をとった。
「わ、私今何した!?」
「もう忘れちゃったの? 大丈夫? もしかして、そろそろボケが始まるんだよきっと」
「ええそうね。ボケがって、そんなことある訳ないでしょ!」
「くすっ。冷たいね。胸まで貸してあげたっていうのに、シャロンってばひどーい」
 シャリはふざけるように明るい調子で言った。
 シャロンは頭がカッと熱くなるのを感じた。
「な、なにを、」
「とぼけないでよ。あんなことまでさせておいて、いまさらしらばっくれようなんてそれはひどいんじゃない?」
「あんなことってそんな大げさな」
 シャリが何気なく近づいてきて、シャロンに顔を近づけた。
「そう? ホントに大げさ?」
「……!」
 シャロンはへなへなとへたりこんだ。
「クスクス、まぁいいけどさ。それより、そのとってもよく似合うネックレスだけど」
 シャリはシャロンの首もと……呪いのネックレスに手をのばす。
「あ、それは――
 突然、何かが爆発するような音が響き渡った。幸いにしてそれは、隣の部屋に響くかどうか程度の小さいものだったが――シャロンは目を丸くした。ネックレスに触れようとしたシャリの右手首から先が目の前で弾けとんだ。
「シャ、シャリ――!? 大丈夫!?」
 シャロンは自分の血の気が引いて行く音を確かに聞いた。見ると、自分の首にかかったネックレスが少し浮かび上がって、淡く紫色の禍々しい光を発している。
 まさか、このネックレスのせいで――
 シャロンは思わず絶句してしまうが、当のシャリはと言えば、しげしげと自分の弾けとんだ手首を眺めた後、さっとその手を一度振った。すると、何事もなかったかのように彼の右手首から先が復活している。
 シャロンは何か言おうとしたが、衝撃のあまり口を開け閉めするのが精一杯だった。
 シャリは、再び現れた自分の右手を握ったり、開いたりした後、納得したのかいつものように後ろで組んだ。
「それは、この大陸の物じゃないね。君がネックレスを首の上まで上げていたら、君の首がこうなってたんじゃないかなぁ? くすっ」
 まさかあっそう、とも言えず、シャロンは呆けたようにシャリを見上げていた。
「どこでこんな厄介な物、ぶん取って来た訳? あ、大方シャロンのことだから、戦利品代わりに悪党から巻き上げたとか?」
「……シャリ、……」
「?」
「手、大丈夫なの?」
 思い出したようにシャロンが聞くと、シャリは何がおかしいのか口元に手をあてて笑った。
「まぁね。シャロンの今の状態よりかは、ずいぶんマシなんじゃないかなあ?」
「そう、なら、いいの」
「あれ? 何か困ってたんじゃないの? おーい、目がちょっと逝っちゃってるよー? シャロンってば」


 結局、シャロンは半時ほど経ってやっと立ち直った。
「……と、そう言う訳なの」
「なるほどねー。逃げ出すところまでは、シャロンもがんばったのにね」
 事情を話すと、シャリは何となく芝居掛かった仕草で腕を組んで頷いた。
 シャロンは、改めてシャリに向き直ると彼の目を見つめた。
「あなたに、こんなことを頼むのは筋違いだって分かっているわ。でも、あなた以外に頼れる人がいないし……お願い、知恵を貸して」
 すると、シャリは余り興味もなさそうに「うーん」とうなって、再びシャロンの首に手をのばしてくる。シャロンは反射的にあとずさって――もう腕の飛ぶところなんて見たくない――、身をよじった。
「……それはねぇ、永久の宝って言って、隣の大陸の、古代王国の至宝だったんだ。それに守られたものや人、国は永遠に栄え続けるっていう伝承があるんだよ」
 シャロンは小さく相槌を打った。
「そのネックレスは、持ち主には絶対服従。どんな夢でも叶うし、持ち主は絶対に死なない。たとえ、灰になるまで焼かれてもね」
「え、それって……つまり、」
「あ、全部言わなくてもいいよ。不老不死って言いたいんでしょ? そう、昔はね、夢のようなアイテムだと思われていた。永遠に栄える、だからそれは永久の秘宝と呼ばれてたんだ。けどね、それも、『その時』が来るまでだよ」
 シャロンは何か、話の方向が妙になってきたのに気づいて身構えた。
「確かに、持ち主は不老不死になるけれど、その人物の中身はどうなっちゃうと思う? 若々しいのは表面だけで、中身はおじいさんだったりする。何百年も経てば、ミイラ化したり、中身は骨だけなんてことにもなっちゃう。どう? これが、夢のアイテムだと思う?」
 シャロンは首を横に振って、自分の首にかかったネックレスを眺めた。
「あの、それで……、この永久の宝を至宝にしてた王国ってどうなったの?」
 シャリは、まじめな顔から一転して楽しそうな笑みを浮かべた。
「もちろん、夢を見ていたよ。周りも巻き込んで、いつまでも楽しい夢をね。だけど終わりは突然訪れたんだ。この至宝は、ついに本来の姿を現した」
 シャロンは少しネックレスを握る指に力を込めて、続きを促した。「それから……?」
「さぁね。僕もそこまでは知らないよ。ただ」
「ただ?」
「永久の宝の正体はね、生物。それも大きな化物らしいよ。完全に夢の中に人を取り込んだら、その後正体を現して……」
「え」
 シャロンはそれを聞いてとたんに不気味になった。恐る恐るネックレスから手を離す。
「アハハ、いまさらそんなことしたって遅いよ。君も夢に取り込まれて終わりかもね」
「……シャリ」
「何?」
 シャロンは、シャリの顔を見つめながら口を開いた。
「頼みがあるの。一緒に来て、その屋敷まで」

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