シャロンはシャリの後姿を追いかけながら、背後を振り向いた。周囲の壁をまるでお菓子か何かのようにあっさり砕きながら、大蛇が這い寄ってくる。蛇の後は破壊された壁のせいで粉塵が舞い、白く霞んで見えなくなっていた。
シャロンが一層早く走ろうとすると、シャリがふと足を止めてシャロンを振り返った。
急に止まれずたたらを踏んでシャリを見ると、彼は小さく笑って目の前の――、食堂と書かれた大扉を指差した。
いつの間にか玄関ホールに戻ってきていたらしい。シャロンは何となくシャリに向かって頷くと、扉に駆け寄って押し開けた。
振り向く。蛇の姿は見えないが、鼓膜を揺らす轟音がなお響き渡っていることからしても、まだ諦めてくれそうにはない。
「どうしたの?」
シャリが慌てもせず、不思議そうに尋ねる。シャロンは首を横に振って、食堂に入った。
シャリが後から入ってきて、扉を閉める。
――その直後、扉の外を何かの這いずるような不気味な音が通り抜けて行った。
シャロンはひとまず安心して胸を撫で下ろすと、イスに腰掛ける。
体中が心臓になってしまったかのようだった。別に、あの程度の距離で息切れするほどかわいらしい体はしていないが、……先ほどから、蛇の不気味な顔と生臭い匂いが脳裏に瞬いている。
シャリはと目をやると、彼はなぜかシャロンの方を見て、考え込むように腕を組んでいた。
「……何?」
シャロンは何となく居心地が悪くなり、身じろぎしながら尋ねる。
「ねぇ、僕ちょっと不思議だったんだけど」
「……ええ」
「そもそも、何でシャロンはこんなことになっちゃったんだっけ?」
シャロンはその質問の意図が分からず、首を傾げた。
「何でって、それは伯爵が……」
「そうじゃなくってさ、どうしてそもそも倒れるほどお酒なんて飲んだの?
シャロンっていつもはお茶しか飲まないんでしょ?」
「それは……」
シャロンは目を逸らした。
「今、言うことじゃないでしょ? 今は、あの蛇をどうにかする方が先だし――」
「あ、はぐらかすんだ。何か聞かれちゃまずいことでもあるの?」
シャリがゆっくりと近づいてくる。彼はテーブルに手をついて、シャロンの顔を覗きこんだ。顔は笑っているが、目は全く笑っていない。
シャロンは少し迷って、うつむいた。
「それは……依頼がうまく行かなくて、」
「嘘だよ」
「……」
シャロンは思わず口ごもった。しかしここでうろたえると、嘘だと見抜かれてしまう。
「嘘じゃない」
「嘘だよ。……シャロン、レムオンと一緒にいたよね? あれが最後の依頼だったんでしょ?」
「……見てたの?」
シャロンはさすがに勘に障り、顔を上げてシャリを睨みつけた。
シャリは薄く口元に笑みを乗せた。
「そうだって言ったら?」
「ひどい……最低」
シャロンはすぐさま立ち上がると、背を向けた。
「クスクスッ。じゃあ、嘘をついた君は最低じゃないんだ?」
「それは……私が、あなたに全てを話さなきゃいけない義務なんて、ないわ」
「おやおや、正義の味方の言葉とは思えないねぇ。もしかして、レムオンの誘いを断ったの、後悔してるんだ」
「シャリ!」
シャロンは目を見開いて、彼を振り返った。
一体どういうつもりなの……? そんなこと言うなんて。
シャリは、唇をゆがめるようにして笑う。
「違うの? 図星でしょ。どうして、――」
「黙りなさい。私は、後悔なんてしていないわ。今も、これからも、後悔するような選択はしない」
シャロンが吐き捨てるように言うと、シャリは目を細めた。
「さっすが! 勇者様だけあって、言うことも違うねぇ。じゃあ、僕をその手で闇に葬ったことも、全然気にしてないんだ」
シャロンは息を呑んで、正気を疑うようにシャリを見た。
「そ、……れは」
声が震え、シャロンは首を横に振った。
どうして今、そんなことを言うのか全く分からない。動揺のあまり、シャロンは気がつくと震える声で叫んでいた。
「何が言いたいの!?」
「レムオンが忘れられないんでしょ。……フフ、このままレムオンのことばかり考えて生きる?」
シャロンはただ強く首を横に振った。
「ウフフアハハ! そうだよね。人と悲しい別れ方をするとずっと忘れられないもんね? まして、あんなに好きだったんだもん。そりゃ、後悔もするよね」
「していないって、言っているでしょっ……? あなたを殺したこと、後悔してないのかですって? してない訳ないでしょ!?」
シャロンはぐっと息が詰まり、ひりひりと喉が渇くのを感じた。目頭が熱くなる。
「帰って! 帰ってよ。私は一人でも問題ないわ……! あなたなんていらない! 帰って!」
「別にいいよ。……そろそろ帰ろうかなと思ってたところだしね」
シャリは一旦言葉を切って、シャロンをしげしげと眺めた。
「……じゃあね、シャロン。元気でね」
「っ……!」
シャロンは自分で自分が分からなかった。体が熱いし、頭だってひどく痛む。目の前の少年が嫌いでたまらないという思いが確かにあるのに――、いざ目の前で踵を返そうとしたシャリを見ていると、その手にすがって泣きたいという思いも同時に存在している。
「大ッ嫌い!」
シャロンは叫んだ。
シャリは何も答えず、ふっと姿を消した――……
分かっている。分かっていたのだ。そんなことは。
シャリに指摘されるまでもなく、シャロンは自分がレムオンへの思いを、捨てきれないことが分かっていた。見れば心が温かくなり、触れれば生まれてきて良かったと思える。彼はシャロンにとってそういう存在だった。
――以前に、シャリとの戦いという因果を断ち切ると決意した時に、シャロンはレムオンへの思いも捨て去るつもりだった。けれども捨てられはしない。それほど簡単な思いではないのだと、今になってシャロンは痛感していた。
じゃあ……、もうシャリのことは諦めるの? もう約束は……諦めるの?
「そんなこと……」
できない。それこそ後悔するに決まっている。
シャロンは首を横に振った。
なら、戦わなければならない。
「それでも、諦められないよ……シャリ」
この血が絶えるまで。
決意して顔を上げたその時、何かが這いずるような音が……少しずつ近づいてくるのに気づいた。
シャロンは素早く辺りを見回して――、テーブルの上にあった銀の燭台を手に取ると、大きく一つ頷いた。
それを腰だめに構えたちょうどその瞬間、轟音をたてて食堂の壁が吹き飛んだ。
その巨大な平べったい顔と相対していると、シャロンの足はガクガクと震え出しそうになった。蛇は鎌首をもたげ、シャロンを威嚇するようにシュルルルと真っ赤な舌を覗かせる。
こんな武器とも呼べないようなもので本当に勝てるのか? 本当に……
シャロンは首を横に振って、ゆっくりと深呼吸した後、唇を噛み千切る勢いで歯を立てて、まっすぐにその巨体を見据えると、燭台を構えた。
それでも負けるわけには行かない。いつも隣で見つめていてくれていた人はもういないけれど、私は最後まで抗い続けてやる!
そう心の中で叫ぶと、不意に足の震えが取れた。手の感触が戻り、荒くなっていた息がゆっくりになって、つい揺らいでいた視線が定まる。胸に、身を焦がしそうなほどの炎が燃え盛っていた。誰にも消せない、そんな炎が。
「悪いけど、手加減はしないわ。この竜殺しのシャロンが相手してあげる。光栄に思いなさい!」
シャロンは大きく絨毯を蹴りつけて跳躍した。
蛇の顔を踏みつけ、再び飛んで、たいていの生き物にとって急所であろう眼球に迫った。シャロンの視界一杯に、緑色の気色悪い目が広がる。
「っ!」
鋭く呼気を吐いて、燭台の先で刺す。蛇は大きくその身をくねらせ、シャロンは振り落とされないようにするので必死だった。そして、隙をついてもう一度両手で燭台を振り上げ――抜いた時に、シャロンの顔に緑色の気持ち悪い液体が飛んできた――、突き刺す。
蛇はさらに暴れた。屋敷のそこかしこに体をぶつけるたび、轟音が響いてもうもうと煙が上がる。シャロンは身を伏せるようにして振り落とされまいとしていたが、少しずつ滑り落ち、ついに勢いを殺せず手を滑らせた。
今、下に落ちたら潰される……!
シャロンはその一念だけで、鼻面の辺りで必死に蛇のうろこに爪を立て、何とか踏みとどまった。爪がはがれそうに痛む。いつ落ちるのかと、シャロンは焦りを感じた。
「くっ……」
ここで諦めたら、全てが終わってしまう。シャロンはうめいて、そのうめきに使う力ですらもったいないとばかりに唇を噛んだ。既にそこは傷ついていて、ぬめった感触と共に鉄くさい味が口の中に広がった。
とその時、蛇が突然、大きく口を開けた。
「っ……」
しまった、と思った時にはもう遅い。大きく上下に体が翻弄されて、気がつくとシャロンは宙に放り出されていた。
あ――
刹那の浮遊感。次いで、シャロンの体は床に向かって落ちていく。
っ!
シャロンがぎゅっと目をつぶっていると、突然、体を衝撃が襲った。ぐっと息が詰まり、シャロンは咳き込んだ。
蛇の尾の部分が、シャロンの腰の辺りに巻きついている。強く締め付けられ、シャロンは苦しさに仰け反った。
「あっ――う……」
喉が詰まったように呼吸がおぼつかない。シャロンがたまらずうめき声を上げると、シャロンを締め付ける蛇の尾が動いたのか、強い風の抵抗で皮膚が痛む。
思わず意識が飛びそうになるのをこらえて目を開く。すると血液らしき灰色の液体を目から流した、蛇の醜悪な顔が一杯に広がっていた。
「まだ、私は――うぅっ……」
ぞっと走りぬけた恐怖感を押し殺したシャロンの言葉をあざ笑うかのように、シャロンに巻きついた尾が一層締め付けてくる。肺の奥から熱いものこみあげ、口の中が一気に鉄くさい味で一杯になった。
「……!」
シャロンは我慢できずに血塊を吐いて、うなだれた。内臓が口から出て行きそうなほどの、猛烈な吐き気がこみ上げる。
それでも、シャロンは半ば遠くなる意識の中蛇の顔を睨みつけた。それが気に障ったのか――いい気味だわ――、締め付けがさらに強くなる。
目の前がチカチカと点滅し、次第に目の前が暗くなってくる。シャロンは何とか意識を保とうと唇に歯を立てたが、腰の痛みがひどすぎてほとんど効果がなかった。しかしその痛みも次第に消えて行く。
ああ……、
シャロンは朦朧とする意識の中、思った。
私、このまま死んじゃうのかな……
レムオン……、泣いてくれるかな。私のために。
「レムオン……」
シャロンはもう自分の声も聞こえなくなりつつあったが、つぶやいた。少なくともそのつもりになった。
結局……、死ぬまで私は彼への思いを捨て切れないのかも知れない。もし願いが叶うなら、全ての思い出を忘れて、彼のことを忘れてしまいたい……、風に流すように思いを捨てられたら、どんなに幸せだろう。
だからって、シャリとの因果を断ち切れるわけでもないのに?
それでも……、私は最後まで、それでも、と言い続けたい。なのに……
「エステル……、レルラ……」
目の前が真っ暗になってしまう前に、謝りたい人がいた。どうしても言葉を交わしたい人が。
ごめんね。約束、守れなくて本当にごめん。ごめんね、
「シャリ……」
涙がこぼれた。
――その時、全く前触れもなく、唐突にシャロンの目の前が明るくなった。
「え……?」
ぼやけていた視界が次第にはっきりし、そして腰に巻きついた蛇の尾がほどけた。
「えっ、ちょ、」
無論そこは空中。シャロンは慌てて体をすくめて受身を取った。――衝撃。しかし絨毯の柔らかな感触に受け止められて、さほど痛みはない。
何事かと息を呑むと、目の前に、さっきシャロンが拒絶したはずの少年が現れていた。
「……? しゃ、シャリ?」
頭の中が混乱している。シャロンは状況を整理しようとした。
「……、行っちゃったんじゃなかったの……?」
「クスッ。大事な大事なシャロンを置いて、行く訳ないでしょ?」
「……シャリ、私、」
シャロンは謝ろうと口を開いたが、霞む視界のせいにして再び閉じた。
立ち上がろうとするのだが、足の感覚が失せていて、何度立ち上がろうとしてもくじけてしまう。
シャリがそれを見て何気なく手を差し出してきたが、シャロンは首を横に振って断った。
立ち上がって、焦点がどうにも定まらない中大蛇を見上げると……、何かシャリを警戒しているのか、今すぐに襲い掛かろうという気配はない。
「……シャリ、さっきは……」
「何?」
面白がるようにシャリが聞き返してくる。シャロンは淡く笑みを浮かべた。
「さっきも、言ったでしょ? 手を、出さないで。私は、一人でも大丈夫、だから」
声が掠れないように一言一言区切って言うと、シャリは馬鹿にするように笑った。
「ホント? それは頼もしいなぁ。で、どうやって?」
シャリは腕を広げて辺りを示した。
「剣もないのに? くすっ。本当にシャロンってば勇敢なんだね」
「シャリ、」
シャロンは胸に手をあてた。
――どうして、
「どうして戻って来てくれたの?」
「だってシャロンがこれからどうするのか、興味あるしね」
シャリはあっけらかんと答えた。
シャロンはその、全く普段と変わらぬ様子に安心して、微笑んだ。
「……ありがとう、助けて、くれて。でも……」
シャロンは一歩進み出て、蛇の前に出る。
自分一人助けられないようで、何が約束だろう。
「でも、私が、やるわ」
シャロンが前を向き、蛇の巨体を見上げ――とその時、右肩に手が掛かった。
「シャリ……」
振り返って、離してくれという意志を込めて名前を呼ぶと、シャリはうんざりしたようにため息を吐いた。
「あのね、せっかく助けてあげたのにまた死ぬ気? まさかこんなに強情だったなんて、意外な一面を発見した気分だよ」
「だって……もとはと言えば、これは私のせいだし、」
「そんなこと言っちゃっていいの? 立ってるのでやっとでしょ」
シャロンは息を震わせた。
「でも……、どうやって? 何か作戦があるなら、私、手伝うわ」
だって私は諦めないと決めたもの。
その言葉は呑み込んで言うと、シャリはきょとんとした。
「作戦も何も、あれをどうにかするのなんて簡単だよ」
「……本当?」
「本当だよ。あれはこの屋敷と違って、あるものを媒体にしてるからね。それを取り除いちゃえば一発だよ」
あっさりと頷くシャリ。
「媒体って……」
「フフ、それは見てのお楽しみ。まぁとにかく、見ててよ」
シャロンは首を横に振って――とその時、体から力が抜けて立っていられなくなった。
どさっと座り込んで、シャロンはシャリを見上げた。
「シャリ……」
情けなくて涙が出そうだったが、シャリはふわりと笑った。
「よーし、僕に全部任せておいてよ。なんならシャロンはもう寝ててもいいよ?」
「……ごめんね」
シャロンが言ってうつむいていると、頭に彼の手が触れた。
「僕が必要になった?」
シャロンは顔を赤くした。
「フフ、困ったなぁ。じゃさ、こうしようよ。このデカブツ倒したら、また顔上げて」
シャロンはもうシャリの方を見れなかった。シャリの笑ったような気配があって、手が離れた。シャロンは思わず、触れられたところを押さえる。……視界の端で彼の姿を確認して、夢ではないのだと自分に言い聞かせた。
シャリはいつも戦う時に握る紫色の剣を片手に浮かび上がると、くるりと回って見せる。
「さて、育ち過ぎちゃった君には、ちょっとお仕置きしないとね」
と言って、シャリは何か低くつぶやきだした。
シャロンは少し心配になって胸を押さえた。
とその時、蛇が大きくその顎を開き――、そして、シャリは何を思ったのかにっこりと笑って、……自分からその顎の中に飛び込んで行った。
「シャリ! うそ、やだ……シャリ!」
シャロンは思わず腰を浮かしかけ、血の気が失せて行く感覚に身震いした。
と――。シャリが口の中に飛び込むや否や、蛇の動きがぴたりと止まった。
呆気に取られてそのまま見ていると、蛇の顔が奇妙に膨らんだ。いや、顔ばかりでなく、細長い体も何も 全てが奇妙に膨れ出す。
そして、蛇はあえぐように口を開け――、その瞬間、蛇の体滑稽なほど膨らみ、――はじけるような音をたてて破裂した。うろこの欠片が雨のように辺りに降り注ぎ、もうもうと蒸気が立ち込めた。
シャロンは漂う生臭い匂いに口元を押さえた。
「……、シャリ……?」
ごくりと喉を鳴らして、恐る恐るシャロンはつぶやいた。
蒸気がおさまると、シャリがカーペットの上に立っていた。腕に誰か抱えている。
とりあえず無事……らしい。
シャロンはほっと胸を押さえた。よろめきながら立ち上がると、駆け寄る。
「シャリ、大丈夫? その子は……」
シャロンはシャリが抱えている十歳前後の少年を指差した。
シャリが何か言う前に、少年がか細い声を上げて薄っすらと目を開けた。
「……あれ、ここ……明るい。僕出られたの……?」
少年は、小動物のような仕草で辺りを見回して、そしてなぜかシャロンの顔で視線をとめた。
「……あ、シャロンさん……?」
少年がもがくと、シャリは笑みを浮かべて少年を床に下ろした。
「シャロンさん、大丈夫ですか……?」
少年が駆け寄ってきて、そう聞いてくる。
シャロンは目を瞬いた。この顔は、夢で……そう、あの時の夢で見た。
「……もしかして、ダン?」
「はい……本当に助けてくれたんですね」
夢の少年は顔をぱっとほころばせるが、シャロンは困惑してシャリに視線を投げた。彼はさっきから手を後ろで組んで、じっとやりとりを見ている。
「……その子はね、ずっと『永久の宝』――シュランゲの中にいたんだ。フフ、一番安全でしょ? その子があのデカブツの媒体になってたから、起こしたらアレも消えるって訳」
「え? だって本には……」
シャロンは反射的に聞き返した。シャリは失礼なことに、嘲笑の色を込めた目でシャロンを見た。
「まぁ、つまりシュランゲなんていう怪物は存在しなかったんだよ。だってこの屋敷のものは全て、その子の夢が実体化しただけだもん」
「……じゃあ、あの本に書いてあった、夜になると蛇に変わるっていうのは……」
「その子の妄想だね。まさか本当に信じてたの?」
シャロンは急な展開についていけず、頭を抱えた。
「……そうだったの」
ということは、
「何かとても不条理でむかつくものを感じるけれど、つまり……、この子も……私たちも助かったのね?」
シャロンは少年を見下ろして、シャリに確認した。
「そういうことだね。良かったね、ダン。永久の宝に狙われて生き残る人なんて何人もいないのに。ホント運が良かったね」
「あ、はい……」
ダンは恥ずかしそうにうつむいた。
シャロンは不意に眩暈を感じて視線を逸らした。ため息を吐いて、シャリに視線を移す。
「じゃあ、もう永久の宝……、シュランゲは死んだということ?」
シャリは首を横に振った。無邪気な笑みを浮かべている。
「永久の宝はね、永久になくならないから永久の宝なんだよ。ほら、そこ」
シャリが指差した方向を見ると、……あの大きなトカゲがそろりそろりと、破壊された壁の方に向かって歩いていた。逃げるつもりらしい。
「……」
「……」
目が合った。
トカゲはもう隠れようともせずに、必死に足を動かして逃げようとしている。
これが、全ての元凶って訳。
シャロンはテーブルの上の燭台を引っつかむと、渾身の力で投げつけた。
トカゲのほんのわずか手前に燭台が突き刺さる。トカゲが硬直した。
シャロンは無表情に近づくと、尻尾を掴んで持ち上げた。トカゲは暴れていたが、シャロンが目線の高さを合わせると、何かに怯えるかのようにビクっと身をすくませる。
「……私、血まで吐いたんだけど」
シャロンは血で汚れた自分のクロースを指差した。トカゲがしゅんとなった。
「あ、言っておくけど話が済む前に尻尾切りとかしたら、踏み潰すから」
「あの! そ、それはちょっと、あの一応僕の……た、たんじょうび、プレゼント……」
少年が慌てたように声を上げたが、シャロンと目が合うとなぜか尻すぼみになって行き、最後には消えてしまった。
シャロンは再びトカゲに目を向けた。
「……で、どうやって責任取ってくれるの? シュランゲさん?」
『いや、そう言われましても……』
シャロンは驚いて一瞬尻尾を離しそうになったが、寸前でこらえた。
トカゲがしゃべってる……!
『あのですね、われわれが人間の夢を再現するのは本能でして……、蛇になったのもやたら獰猛だったのも彼の夢を再現しただけですから、文句は蛇好きなあの少年に言ってください。私は悪くないです。許してください』
「できると思う?」
『……いえ』
トカゲはなぜか上目遣いにシャロンを見て、恐ろしげに身震いした。
「あなたしゃべれるのね。話が早くて助かるわ。で、何で最初っからそう言ってくれなかったの?」
『……いえ、ですから警戒されるとマズいので……あ、あの、そろそろ離してもらえるとありがたいのですが』
シャロンはトカゲを捕まえたまま、後ろでハラハラとこちらを見守っているダンと、対象的に暇そうなシャリを見た後、向き直ってにっこりと笑った。
「その前に、お願いがあるんだけど、もちろん聞いてくれるわね?」
『……は、はぁ』
シャロンは口を開こうとして――、閉じた。
もしも願いが叶うなら、私は――
だけど、それは恐らく……私が自分でやらなければならないことだ。
だからシャロンは、そっと口を開けた。