黄泉の乙女とピンクのリボン イレブン。ひゅるるるる……

 古臭いカルラの部屋で、ラシェルは痛いほど唇を噛んでいた。
 破滅の足音が近づいてくる。一体誰なのだ? こんなシーンを見つけられたら、もうお終いだ。
言い訳のしようがない。カルラか、それとも――
 冷えた、汗が。頬を、伝った。
 ラシェルは、追い詰められたウサギのような視線で、逃げ場はないかと探る。
 ――時間がない。時間はないという言うのに、足音は少しずつ近づいてくる。
 逃げなければならない。今すぐに。コツコツコツ……! コツコツコツ……!!
 ラシェルは小さく息を呑んだ。血走った目で周囲を探る。目についたのはクロゼットだった。反
射的に飛び込んで、扉をぴたりと閉める。
 自分の心臓が跳ねているのを、彼女は感じる。ひどく寒い。寒いのに汗が止まらない。
 息を潜めていると、扉の開く音が聞こえてきた。――来た!
 鼓動が一気に高鳴る。
 足音は近づいてきた。コツコツコツ……!!! コツコツコツ……!!!!
 近づいてくる。どうして。 
 ラシェルは引きつった顔で、クロゼットの壁に張り付いた。
 コツコツコツ……!!!!!
 そして。

 ……戸が開いた。差し込んでくる光。ラシェルはまぶしさに目を細めた。


「あれ? ラシェルじゃん。どしたの? 汗びっしょりで」
 ……
 ひょっこりと顔を覗かせたのは、シャリだった。
「……へ?」
 ラシェルの目が点になる。
 シャリは不思議そうな顔でそれを見た後、首を傾げた。
「遅いから、心配して来ちゃったよ」
「……あらそー。そりゃー、どーも。ありがとー」
「アハハ。某読みだね」
「そうねあはははは」
 あはは……と二人は笑いあった。ラシェルはガクっと全身の力を抜く。
「何よ……カルラかと思ったじゃない」
「そう言えば、首尾はどうだったの? 証拠は見つかった?」
 シャリはそう言って、揶揄するような色を目に浮かべた。戸にもたれかかって、偉そうにラシェ
ルの目を覗きこむ。
 ラシェルはそれで我に返った。
「あっ、そうだった! 見つけたのよ、そこで手紙を――
 コツ、コツ、コツ……
 二人は、ビクっと硬直した。
 ……顔を見合わせる。
「……誰か、」
「来るね」
 しばしの沈黙。
 ラシェルは一瞬の空白をはさんだ後、輝かんばかりの笑顔でクロゼットの戸を閉めようとした。
 その縁に手を掛けて、同じく輝かんばかりの笑みのまま、ギリギリと力比べを始めるシャリ。
 高い靴音が連続する。どうやらこちらに近づいてくる。
 ラシェルの顔から笑みが消え、同時にシャリの口元が引きつる。
「くぬぬぬぬ……」
 力を込めるあまり、ラシェルの顔が真っ赤になった。
「……」
 シャリも負けじと応戦する。
 が、いよいよ部屋の扉が開こうとするその瞬間、シャリは不意をついてラシェルの腕の下を潜り抜けた。
 と同時にパタンとクロゼットが閉まり、ほぼ同じタイミングで部屋の扉も開く。
『……』
 二人して耳を澄ます。部屋の中にいる何者かは、真っ直ぐ歩いて行った後、クロゼットを通り過ぎて机の方に移動したようだった。
 ひとまず、ほっと息をつく二人。
 ……沈黙。
 ラシェルはひそひそ声で囁いた。
(ちょっと、変なところ触らないでよ……) 
(しかたないでしょ? 狭いんだから)
(ちょっ、どこ触ってんのよ変態! やだってば……)
(あ、ゴメン)
(ゴメンじゃなくって、さっさとその手を……ぎゃー! 動くなー!)
(動けって言ったり動くなって言ったり、ラシェルは気まぐれだなぁ)
(気まぐれ違う! わざとやってるでしょ!!)
 ラシェルは思わず身じろぎした。ゴトっ……っと大きな音が鳴る。
 硬直するラシェル。
 足音の主がたてていた、ごそごそという音がぴたりと止んでいる。それが意味するところは、
 ラシェルはハッと口を押さえた。
 しかし時すでに遅く、足音は警戒するような、慎重な感じで迫ってくる。ラシェルは仰け反りそうになったのをこらえた。
 手が震える。足音が近づいてくる。震える。近づく。
 そうだ、インビジブルを唱えて――いや、間に合わない!
 そして、ついに足音がクロゼットの目の前で止まり――
「インビジブル」
 シャリが早口につぶやいた。それと同時に扉が開いた。

 カルラであった、と思っていただきたい。

 彼女はそこに立って、難しい顔をしながらクロゼットを覗き込んだ。
 目が、合う。
 ラシェルはだらだらと汗をかきながら、息さえできずに喘いだ。
 永遠のように長い、沈黙。
 カルラは首を傾げて、パタンとクロゼットを閉めた。
「気のせいにしては、はっきり聞こえたと思ったんだけどなぁ……」
 遠ざかって行く声を聞きながら、ラシェルはほっと息をつく。
 シャリがにっこりした。
「良かったでしょ? 僕がいて」
 そもそもシャリが来なければ、とっくに手紙を取って逃げ出していたはずなのだが、ラシェルは安堵のあまり、勢いで頷いた。
「ありがとう。助かったわ、ホント、で――
 パタンと、扉の閉まる音がした直後、ラシェルは半眼になった。
「……いつまで引っ付いてる気?」
 ラシェルはさっさとクロゼットから出た。


 シャリも後に続く――こころなしか、残念そうに見えるのは果たして気のせいだろうか。
 ラシェルはあらゆる疑いを込めてシャリを見ながら、彼が出てくるのを待って、手紙の件を話した。
「……で、どこにあるの?」
 シャリが、飽くまで冷静に言った。ラシェルはそうだったと答えて、文机に向かう。
「えーっと確か、この辺りの引き出しに……」
 ごそごそと探る。
 ……探る。
 …………探る。
 ………………ない。
 
 ない!
 ラシェルは顔を紙のように白くした。
「……ラシェル?」
「……ない」
「え?」
「ない、なくなってるのよ! さっきまで、あったのに……」
 シャリは疑わしそうな顔をした。
「えぇ? 本当? 最初っから、ラシェルの夢だったんじゃないの?」
「違うわよ! ホントにないんだってば……!」
「なんてね」
 シャリは微笑む。
「分かってるよ。ラシェルがウソつくはず、ないもんね?」
「……もう……!」
 ラシェルは悔しさと苛立ちに任せて、激しく地団太を踏んだ。
「とにかく、ネメアの暗殺計画が書いてあったの! 激に見せかけて、あれは暗殺計画なんだわ。あのカルラの――
「証拠がないんじゃ、いかんともしがたいよね」
 シャリは静かに言った。
 全くその通りであったので、思わず黙りこむラシェル。
 シャリは全くマイペースに続ける。
「……、じゃさ、こうしない? 劇の途中で暗殺が行われるんでしょ?」
「う、うん……」
「じゃ、同じく劇に出演してる僕達って、すっごい近い位置にいるよね」
「それは、そうだけど……まさか、」
「そう。そのまさか。僕達で、ネメアの暗殺計画、止めちゃおうよ」
「……えぇえええ!!!??」
 ラシェルは叫んで仰け反った。なだめるように両手を付き出して、へらりと笑う。
「ま、まぁ落ち着いて。まずは、皆に相談しましょ――
「駄目だよ。カルラのことだから、突然態度が変わったら気づく。確実にね。そしたら、もうチャンスを失うことになっちゃうんだよ。千載一遇の、チャンスをね」
 ラシェルはあーとか、うーとか意味のないことを口にしながら、頭を掻き毟った。
 ええい、もうどうにでもなれ。
「どうやって!!?」
「そうだね……」
 シャリはニヤリとした。彼独特の、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「ネメアに怪しい奴が近づいたら、さりげなくガードする。もちろん、全部アドリブでね」
 ラシェルはぽかんとした。

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   このギャグ手法二度目(笑)。
 今回の冒頭は、ちょっと……ホラー風? サイコサスペンス風?
 書いたことがないのでよく分かりません。こういう文章始めて書きました。しかもパロディを、パロってしまった……