カルラの調査を依頼され、ロセンの悪趣味な城に向かった一行+シャリ。
門衛にネメアの紹介状を見せたラシェルたちは、まるで普通の客人をもてなすように呆気なく通された。
外装とは違い、そのどうやら応接室らしい部屋は、すっきりとしたシックな調度品でまとめられていた。
血のような色のソファに一人腰かけたカルラは、ラシェルたちが入って行くなり「はぁい」と手を上げる。
「元気してた? ラシェル――それにユーリス」
ユーリスはカルラに呼ばれると、さっと頬を薔薇色にしてぴょんと跳ね、元気な声を上げた。
「カルラ様! お久しぶりです」
カルラはそれを見てにっこりする。
なぜかユーリスとカルラは仲がいい。何故かは推して知るべし。
ラシェルは前に出ようとするユーリスを押し留め、取り繕ったような笑みを口に乗せた。
「もちろん元気よ。元気すぎるくらい。そっちはどうなの?」
まずは小手調べ、とばかりにラシェルが聞こうとすると、カルラもいかにも面の厚そうな笑みを浮かべる。
「おかげさまで。ネメア様はご壮健?」
「元気そうだったわ。とある事情で悩んでいるみたいだったけど」
「事情? それは大変。何かあったの?」
カルラはそう言って、小さくほくそえんだ。明らかに何事か含みのある者特有の、泥のように不明瞭な笑い声。
ネメアが不安がった理由が今はラシェルにも分かっていた。これは――確かに――邪悪そのものだ。
ラシェルはそう思って、決意に満ちた顔ですっと息を吸い込んだ。
「何を企んでいるの? カルラ」
カルラがとたんに挙動不審になり、わずかに身を引く。
「な、何の話?」
彼女はわずかにどもってそう言った。
ラシェルはすでに半ば依頼を終えたつもりになって身を乗り出し、指を突きつけた。
「いくらごまかそうとしたって、無駄よ。白状しなさい」
「そうそう。全部話して、スッキリしちゃった方がいいよ〜」
シャリが後ろの方から無責任な声を上げる。
ラシェルはちょっと意気が挫けるのを感じたが、改めてカルラの顔色をうかがった。
「む、無駄って、そんな……」
カルラはそわそわと立ち上がり、ラシェル達に背を向ける。明らかに隠し事をしている調子に、仲間達が顔を見合わせた。
ラシェルはそんなカルラの肩にポンと手を置き、旧友に話しかけるようにしみじみと、わざと大げさに言った。
「カルラ……大丈夫、今ならまだ、やり直しようだってあるわ。私にも、手伝える」
「ラシェル……本当に、手伝ってくれる?」
カルラがちょっと振り向いた。その目はわずかに潤んでいる。
ラシェルは、ここが踏ん張りどころとばかりに大きく頷いた。
「さぁ、全てを話して」
「……全てを秘密にしておこうとしたのが、間違いだったのかも」
「そうよ。何事も助け合いが基本じゃない」
「あたし、間違ってた」
「大丈夫、罪は償われるためにあるのよ」
「そう、一人で何もかもやろうとしたのがそもそもの始まりだったのね……」
「うんうん」
ラシェルは、とうとう告白が始まるのかと気を引き締めた。この話し振りだと、本当に暗殺を企んでいたか、世界征服というネメアの見立てもあながち間違いではないかも知れない。
カルラは涙ぐんだまま、ふるふると首を振った。その様はまさしく悲劇のヒロインか何かだ。
「ネメア様のために劇をやろうだなんて」
「そう、劇なんてこと考えるから――」
ラシェルはしたり顔で頷き、――顔を歪めた。
彼女の頬に、つと汗が伝う。
「………………劇?」
「そ、劇」
カルラの目が次第に輝きだし、顔がほころぶ。
ラシェルは対象的に青くなった。他の仲間の白い視線が彼女に突き刺さる。
カルラは悠然とソファに腰かけ、女主人のような傲慢さで足を組んだ。
「いやー実はカルラちゃんってば、困ってたのよ」
カルラはそう言ってアハハと笑い、うって変わって軽い仕草で手をひらひらと振った。
「ホラ、普段の激務で疲れ切ったネメア様のご機嫌取り――もとい、気分転換にでもなればと思ってさ。秘密で劇の準備なんてしちゃってた訳」
「へ、へー……さいですか……」
ラシェルは恥ずかしさのあまり真っ赤になりながらじりじりと後ずさりし、
「それは失礼……じゃ、私らはこれで……」
卑屈に背を向けて退室しようとするラシェル。が、
「ちょーっと待った」
カルラはニコニコしながら、しかし全く笑っていない目でラシェル達を順に見た。
「そんでさ、実は役者が謎の奇病で倒れちゃって」
ラシェルは立ち去りがたいものを感じて、肩越しに恐る恐る振り返る。眼差しが揺れ、顔は引きつったような笑みを浮かべていた。
カルラとは違った意味で笑っていない。
「は、はぁ……」
「代役探してたところだったのよねん。実は」
「へ、へー……それは大変ね。じゃあ、私たち邪魔しちゃいけないから、これで――」
「手伝ってくれるんでしょ?」
「え」
カルラは整った顔に天使のような微笑みを浮かべ、輝く白い歯を見せた。
「さっき言ったじゃん。手伝ってくれるって」
ラシェルは首をブンブン振って、必死に引きつった笑みを取りつくろう。
「いや、それは、まさか――」
「まさか」
カルラはスッと目を細め、口元に妖しい微笑みをたたえた。部屋の空気がとたんに冷え冷えとしたものに変わり、カルラの手にはいつの間にかデスサイズが握られている。
「この精錬潔白なカルラちゃんに、他の嫌疑をかけようとしてた訳じゃないでしょうねぇ」
カルラは立ち上がった。ラシェルは無意味に自分の手を揉みしだき、視線を辺りにさ迷わせる。
「いや、その……」
ラシェルが何も言えずにいるうちに、カルラはナッジの側まで言って、「いいガタイしてるね君〜」だのと声をかけ始めた。
「あ、ユーリスなんてヒロインにぴったりじゃな〜い?」
ユーリスがぱっと満面の笑みになる。
「きゃっ。カルラ様こそ〜」
和気藹々と話しこむ二人。
ラシェルはそれを愕然と見守りながら、どうやってこの場を抜け出すべきか考えていた。このままだと付き合わされる事になってしまう。
渋い顔をするラシェルを見たシャリは、いい事を思いついたような顔で彼女に駆け寄った。
「ねえ、ちょっと」
ラシェルは何事かと振り向き、シャリの目が不吉に輝いているのを見て戦いた。
耳元に口を寄せ、シャリはひそひそと囁く。
「まだ彼女が何も企んでないって決まった訳じゃないんだし、引き受けちゃったらどう?」
「ええ!?」
ラシェルは思わず驚きの声を上げ、身を引く。全く思いもかけない事を言われたような顔で、ラシェルは何度も首を横に振った。
シャリはそんなラシェルの腕を強引に引っ張って、再び囁く。
「だって、依頼はまだ終わってないんだよ? 調査は続行しなきゃさ。そのためには、むしろ内部にもぐりこんだ方がやり易いし――あ、まだ嫌疑が晴れてないって事は他の連中には黙っておこうよ。敵を欺くにはまず味方からって言うし」
「でも……」
ラシェルは思いっきり苦い顔でそれに答えた。劇なんて冗談ではない、というのがラシェルの本音だったからだ。
シャリはもう一押しとばかりに、トドメの一撃を口にする。
「依頼を途中で放棄するなんて、それでも冒険者?」
ラシェルはうっと言葉に詰まった。
全員の視線がラシェルに集まる。ユーリスはすっかり乗り気になっていたし、ナッジは誉めそやされてご機嫌だったし、吟遊詩人のレルラはそもそもそういうことが大好きだった。
どうよとばかりに胸を張るカルラを見て、ラシェルは心の底からため息をついた。
「……分かった」
歓声が上がった。